「あまり一生懸命になるな」という話

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「あまり一生懸命になるな」という話

何事も必至になるというのは大切なことです。
でも、あまり必死になり過ぎるというのもいけないことです。

「一生懸命(いっしょうけんめい)」という言葉は、もともと「一所懸命(いっしょけんめい)」でした。十四世紀の『太平記(たいへいき)』(※)にある言葉ですので、とても由緒正しい言葉です。
※『太平記』は、応安(1368年~1375年)~永和(1375年~1379年)ごろに成立したといわれています。

「一所懸命」は「一つの場所に生命を懸(か)ける」――「賜(たまわ)った一つの領地を必死に守る」ことです。

「懸命」――生命が懸(か)かっている訳です。

そんな大事(おおごと)、毎回毎回されたら、周囲はたまったものではありません。

自分が必死になっていても周りが冷めているときは、そうした時かもしれません。

自分が思うより他人(ひと)はよく考えているものです。
少し考えてみましょう。

《目次》
【主人公】
【どうして一生懸命するのでしょうか】
【ナルキッソス】
【一生懸命する理由】
〈中途半端が嫌だから〉
〈後悔したくないから〉
〈失敗したくないから〉
【慈愛の水】
【参考文献・資料】

※読切
※文庫本【13】頁(41文字17行)
※原稿用紙【16】枚(400字詰め)

*****

【主人公】
自分の人生では自分が主人公ですが、社会はそうした主人公たちの集まりです。ただし、誰もが「主人公」然としていては世の中まわりません。

中には目立つことなく静かに暮らしている人たちもいます。自分が楽しむより、他の人たちが楽しむのをみるほうが好きな人たちです。「先憂後楽(せんゆうこうらく)」という、岡山の後楽園(こうらくえん)の由来になった言葉がありますが、別の機会にしましょう。

【どうして一生懸命するのでしょうか】
いろいろな理由があります。

〈中途半端が嫌だから〉
〈後悔したくないから〉
〈失敗したくないから〉

一つには「一生懸命するのが好き」だからでしょう。言い替えれば「一生懸命している自分が好き」な訳です。けっこうナルシストです。

そういえば、釈迦が生まれたときに、天と地を指し「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言ったとされていますね。

【ナルキッソス】
ナルシストはギリシア神話のナルキッソスが由来です。もちろんナルナルしたイヤ~な美少年です。

ナルキッソスについて、予言者テイレシアスは「己を知らなければ長生きするだろう」(※)と予言しています。テイレシアスは、スフィンクスの謎を解いたオイディプスの未来を予言した人です。なお、オイディプスがデルポイの神託(オラクル、神のお告げ)をうけたアポロン神殿の入口には「汝自身を知れ」を刻まれています。
【要確認】※「己を知らなければ長生きするだろう」――出典を確認します。
――ソポクレス(福田恒存訳)『オイディプス王』(新潮社、1984年)

あるとき森の精霊(ニンフ)のエコーが、美しいナルキッソスに恋をしてしまいます。ですがエコーはゼウスの妻のヘラにへらず口をたたいてしまった罰として、相手の言葉を繰り返すしかできない身の上でした。ナルキッソスの言葉とてそれは同じでした。繰り返すエコーの美声にナルキッソスはエコーを探し求めますが、せんなきことです。ナルキッソスは去り、エコーは森の洞窟で朽(く)ち、声だけの木霊(こだま)になってしまいました。
――ブルフィンチ(大久保博訳)『ギリシア・ローマ神話』(角川書店、1970年)

他の多くの精霊(ニンフ)も同じようにナルキッソスに恋をしましたが、成就することはありませんでした。精霊(ニンフ)の一人が祈りました。「ナルキッソスが恋をしても、報われませんように」と。聞き届けたのは復讐の女神ネメシスでした。

ネメシスの罰から、ナルキッソスは美しい泉の水面(みなも)に、美少年を見つけてしまいます。エコーがあれだけ愛したナルキッソスもその美貌を失い、衰弱していきます。それでもエコーはそばにいましたが、ナルキッソスのなげく言葉を繰り返すしかできず、ナルキッソスはとうとう亡くなってしまいます。別の伝説では、その美少年に口づけしようとして溺れ死んだとも言われています。

イギリスの詩人ジョン・ミルトン(John Milton、1608年12月9日―1674年11月8日)は『失楽園(Paradise Lost)』(1667年)で最初の人アダムの妻イヴが、泉に映った自分自身をナルキッソスになぞらえています。

「わが愛する美しい者よ、お前が見ているのは、――お前がその湖面で見ているのは、お前自身なのだ」
――ジョン・ミルトン(平井正穂訳)『失楽園』上(岩波書店、1981年)第四巻468行~469行

*****

【一生懸命する理由】
一生懸命する理由を、よく考えてみましょう。

〈中途半端が嫌だから〉
人生はどう足掻(あが)いても中途半端に終わります。個人の感情など無関係に、です。よく言われるように「死と税金からは逃れられない」――これだけは完全です。

何かを一つ完成させることは、とても大切なことです。できなければ社会的な評価は与えられません。そこに努力による自己加点はありません。

努力は他の人からの評価です。自分で解説してはいけませんし、それは完成したもので表現されているはずです。

その中途半端は自分がすべてをやりきりたいという思いではありませんか?

たとえ自分が「中途半端」であっても、それが相手に「届いていれば完成」なのではありませんか?

自分の器を考えてみましょう。器の大きさが100として、慈愛の水を毎回100注ぐことが完成だと考えていませんか? 相手の器の大きさはどうでしょうか?

〈後悔したくないから〉
自分が行うことに正義を求めています。とても危ういです。

「昔、私は、自分のした事に就いて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ、何時も後悔を感じていた」
――中島敦『光と風と夢』

天才、中島敦(なかじまあつし、1909年(明治42年)5月5日―1942年(昭和17年)12月4日)の名言です。

しかし、しなかった事を後悔したいために、他を蔑ろにしていませんか? たとえ失敗しても最後までやりたいというのは幻想です。しなかった事をなくしたいだけの自己満足です。後悔というリスクを回避するために、自分を蔑ろにしていませんか? 周りの人たちが一番迷惑することです。

どのようなことであれ、自分を大切にする人が、相手を大切にできるのですから。

〈失敗したくないから〉
失敗した自分を認めたくないからでしょう。ほんとうの最低を知らないだけです。かと言って無理に知る必要はありません。

何かしらのリスクをとることです。100%の成功を望むあまり、大切なことを失っていないでしょうか。

【慈愛の水】
自分の器でできることをすればいいのです。時に無茶をしても、無理をしてはいけません。

20代後半から30代前半が、心と身体の調和する時期です。そうした時に眠れないのは、ゆっくりと考える時間が必要だからです。

恩人に与えられた恩をその人に返そうとしていませんか?
できませんから、やめましょう。そして、無意味です。

恩人は私たちより器が大きいです。10,000や100,000の器に、100の器がどれだけ慈愛の水を入れなければならないでしょう。到底、恩人の渇きが満たされることはありません。

ですから自分の周りの人に、自分より渇いている人たちに注げばいいのです。

でも、そこで一生懸命100注がないことです。10の器の相手に、100注いでもびちゃびちゃになってしまいます。やっちゃダメなんです。

ぴったり10入れることもありません。7割か8割入れてあげれば、後は本人がどうにかします。それに注ぐあいだに零(こぼ)れます。

零れて、泥水になった慈愛の水でさえ啜(すす)る人たちもいます。腹が満たされなければ生きていけないのです。

慈愛の水の一滴一滴は、真理の大洋に届き、やがて慈雨を降らせます。そのとき一番得をするのは誰でしょう? そう、器の大きな恩人たちです。ですから私たちが、個人的にどれだけ返そうとしても、受け取らないのです。それより受け取った慈愛の水の一滴一滴を下流に流して「はやく雨を降らせろ」です。

同じ慈愛の水でも、10,000や100,000の器の水は上澄みですから、とても甘美です。エゴは器の底に溜めておけばいいのです。

そうそう、「恩を返せ」という人たちを失念していました。そうした人たちの器は割れて、エゴが流れ出してしまっているのです。エゴは足下をゆるませます。

人の器の割れていない人はいません。上手に上澄みを他に与えることができたなら、溜まったエゴは「金継ぎ(きんつぎ)」のようにきっちりと繕ってくれます。

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【参考文献・資料】
新村出『広辞苑 第五版CD-ROM版』(岩波書店、2000年)(EPWING規約第6版準拠)
藤堂明保、松本昭、竹田晃編『漢字源』(学習研究社、1993年)(EPWING版)
ソポクレス(福田恒存訳)『オイディプス王』(新潮社、1984年)
ブルフィンチ(大久保博訳)『ギリシア・ローマ神話』(角川書店、1970年)
ジョン・ミルトン(平井正穂訳)『失楽園』上(岩波書店、1981年)
中島敦『光と風と夢』

※【要確認】は手元に調査資料(エビデンス)がないので、原典を調査(リサーチ)する案件です。
「己を知らなければ長生きするだろう」――出典を確認します。

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