「〈ほんもの〉という概念」という話(麗子像)

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「〈ほんもの〉という概念」という話(麗子像)

「ほんもの」という概念は、オリジナルの「いま」「ここに」しかないという性格によってつくられる。
——ヴァルター・ベンヤミン『ヴァルタ-・ベンヤミン著作集 2 複製技術時代の芸術』(晶文社、1970年)「複製技術の時代における芸術作品」(高木久雄、高原宏平訳)P13

 

「ほんもの」って何でしょうね?

疑問がイコール結論という話はあまりしたくないほうですが、そうせざるをえないこともあります。

 

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さて、「ほんもの」とは何でしょう。

クリエイタであれば、一度は疑問に思うことです。本物とは何か、その本質とは。私は誰なのか。どこから来て、どこに行くのか。

もちろん、答えはあります。

 

「42」です。#joke

この答えは、ダグラス・アダムズのSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場する「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」です。

まったく何のことか理解できませんが、それもそのはず、そもそも「究極の疑問」が何であるかを、私たちは理解していません。

 

まともな正解を言うと、こちらでしょう。


“D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?” Paul Gauguin 1897-1898

この絵画は、今から百年以上前のフランスの画家ポール・ゴーギャンの『私たちはどこから来たのか 私たちは何者か 私たちはどこへ行くのか』です。

けれど、吉良吉影(きらよしかげ)(※)相手でなくても疑問を疑問で返すようなことはあまりしたくありません……。#joke
※荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』Part4「ダイヤモンドは砕けない」

 

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一つには、オリジナルがあれば、他の複製(コピー)は贋物です。

オリジナルというと、絵画・彫刻はそうですね。一つしかありません。

音楽はどうでしょう。CD・DVDがオリジナルかというと少し疑問ですね。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの「交響曲第9番 ニ短調 作品125」のように、演奏されてこそ意味をもつ場合が多いです。

なお、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトまでの音楽は「人間(貴族=ブルーブラッド)」のものでした。ベートーヴェンは音楽を「人間(市民=赤い血潮)」のものにしました。ベートーヴェンについては、別の機会にしましょう。

 

絵画の一種に版画があります。こちらは、オリジナルといっても複数あります。手書きの時代からの印刷の域ですからね、どこまでがオリジナルかというとかなり問題です……。

書籍もありますが、思想は頒布されると窯変しますから……。

もっとも版画の場合でも、作者がチェックした初摺(しょずり)はオリジナルです。売れて再版のときは、同じ出版社が出しているので本物ですがコピーでしょう。

 

絵画は特に贋作と切っても切れない縁があります。ヨハネス・フェルメールの作品を作ったハン・ファン・メーヘレンの名を知っている人も多いでしょう。

こうした贋作のときに、はたして「観て解るのか?」という疑問があります。

 

こちらの疑問は、岸田劉生(きしだりゅうせい)の『麗子像(れいこぞう)』を観た人ならすぐに解答できます。

『麗子像』の印象はどうですか?

絵を観る前に、先入観で答えてください。

たぶん顔をしかめて、えげつない絵を想像するかと思います。

 

私は観たとき、涙が流れそうになりました。それだけ感動したのです。

「あの絵で、感動?」「ありえない」と思うのなら、本物を観ていないのです。

 

では、2018年現在の重要文化財を観てください。

http://www.emuseum.jp/detail/100293/000/000

 

かなりやわらかい印象があるのではないでしょうか。

実際の絵を観ると解るのですが、よりはっきりと愛情が感じられます。

岸田劉生という父のために愛娘の麗子が一生懸命、足がしびれるのを我慢して座っているのです。

そうした親子の愛情を感じられないのであれば致命傷です。人間として未熟であり、クリエイタとして失格です。

それだけ素晴らしい作品なのです。重要文化財にもなっています。けれど、国宝にはなりません。あまりに、個人的な作品ですからね……。

先入観として、『麗子像』が気持ち悪いのは、過去の印刷技術の未熟さゆえです。その誤った先入観を自分の感覚だと認識している限り、本物は作れませんし、いつ自分が嘘になるか、偽物になるか、そうしたことをずっと苦しみ不安に思うことになります。

 

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美術館に行っても、私は解説を読みません。純粋に今の自分の目で観ることが大切だからです。知りたい情報なら、後からいくらでも手に入る時代です。

しかし、第一印象(ファースト・インプレッション)だけは替えがききません。

できるだけ本物とふれあうことです。自分から本物を選ぶことです。岸田劉生の『麗子像』は、印刷でみたらグロいです。正直どうしてこんなものが教科書に載っているのか不思議だと思います。でも、です。実際観たら泣きます。どれだけ娘を愛しているのか伝わります。これは教科書に載せなければと思うのです。

麗子が、劉生のモデルをしているのですが、もう足が痛いのです。でも我慢しているのです。うるうるなりながらモデルを続けています。かわいいです。

本物を観た人と、見ていない人との差がそこにあります。あれだけ本物と印刷の差が大きい作品もめずらしいですが……。

自分で行って観られないのなら、美術館や博物館の写真を観たら良いのです。きちんと「観る」ように撮影されていますから。

ともあれ、『麗子像』のように写真に写せない美しさというものがありますから、できるだけ若いうちに数多く観たほうが良いです。

 

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絵を学んでいるなら、アルフォンス・ミュシャがオススメです。美麗なイラストの他に、人体に関する構図も残していますから、最初から学ぶには最適です。

あのパステルカラーがミュシャだと思っているとバカをみます。すごいのです。

ミュシャは近代で広告の絵で大成し、故国に帰り大作『スラヴ叙事詩』を描きました。その故国も大戦と思想の波に翻弄され、ミュシャを黙殺します。

実は、ミュシャ自身を描いた作品はあまりありません。事実、史実をたどれば絵にならないほど、奇妙な事がありすぎますから。

ミュシャ自身はけっこう下積していますが、広く知られる前にもスポンサーがいました。それがたまたま、もうどうしようもない状態のサラ・ベルナールと出会います。サラは復活して、ミュシャのポスターは剥がされ持ち帰られます。

たまたまクリスマスシーズンにいたといわれていますが、ミュシャには故国に帰るに帰られない事情がありました。なお、ミュシャは、絵の広告で、世界標準をつくった人です。

アメリカンジョークで、住んでいる場所は同じなのに国名が変わるというのがありますが、かつて、ミュシャの故国「チェコ」は「チェコスロバキア」として一つの国でした。今は別の国です。もうぐっちょんぐっちょんに国がどうにかされてしまったのです。

経済的に恵まれたミュシャは、故国チェコに戻り、できるかぎりのことをします。しかし、歴史は彼を殺します。国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)——ナチスが地図を塗り替えたのです。

ナチスがヴァルプルギスの夜に消えた後も、ミュシャの作品は評価されませんでした。チェコは東側の国になってしまったのです。やがて、チェコの首都プラハに春が訪れます。


『わが祖国』カレル・アンチェル&チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(1968年)
https://www.amazon.co.jp/dp/B000U5D21E/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_YePDAbFX257EH

こちら「プラハの春」音楽祭での、アンチェル=チェコ・フィルの1968年盤は、田中泰延さん(@hironobutnk)のオススメです。

 

なお、ミュシャの博物館は、もちろんプラハにあるのですが、実は日本にもあります。大阪府堺市に。

堺 アルフォンス・ミュシャ館
http://mucha.sakai-bunshin.com

ちなみに、コレクションしたのが「カメラのドイ」の創業者です。

 

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どれほど精巧につくられた複製のばあいでも、それが「いま」「ここに」しかないという芸術作品特有の一回性は、完全に失われてしまっている。
——ヴァルター・ベンヤミン『ヴァルタ-・ベンヤミン著作集 2 複製技術時代の芸術』P12

本物(オリジナル)と複製(コピー)の違いを語るうえで、岸田劉生の『麗子像』が最適です。本物(オリジナル)には、ヴァルター・ベンヤミンのいうアウラがあるのですが、複製(コピー)にすると消えてしまっています。
cf.
「虎は虎のままで美しい」という話

「虎は虎のままで美しい」という話

 

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煙草を吸うと
煙が残る
火を消しても匂いが
残る
人が死んでも
なにかが残る
——高橋葉介『夢幻紳士 怪奇編』(朝日ソノラマ、2000年)「花火」P95

 

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【参考文献その他】
*ヴァルター・ベンヤミン『ヴァルタ-・ベンヤミン著作集 2 複製技術時代の芸術』(晶文社、1970年)
*高橋葉介『夢幻紳士 怪奇編』(朝日ソノラマ、2000年)

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