「第三の視点」による倒叙記述(1)結論から伝える技術
【倒叙】
倒叙――「結論から先に伝えたほうが、相手に伝わりやすい」という話をしたいと思います。
要点は三つ。「倒叙」「第三の視点」「虚構サイン」です。見慣れない聞き慣れない言葉だと思いますので、一つ一つ解説していきますね。
《倒叙とは?》
「倒叙」は「とうじょ」と読みます。ちょっと読みにくいですが、「叙」は自叙伝や叙事詩・叙情詩のように「叙述」ですから「述べる」です。「倒」は「逆立ち(倒立)」と同じく、「ひっくり返し」たり「逆」にする意味があります。時間の順序を逆に、現在から過去に遡って述べることを倒叙法と言います。
転じて、推理小説で、犯人=悪役(ヴィラン)の側から述べることです。
《「推理」対「倒叙」》“whodunit” VS “howcatchem”
〈推理〉
ふつうの推理小説ですと、探偵=英雄(ヒーロー)が謎解きをします。最初は、誰が犯人か分かりません。“ハラハラドキドキ”話が進みますが犯人は分からず、“被害は増す一方”です。そして、アッという“どんでん返し”があり、探偵の推理から(結論として)犯人が分かります。
〈倒叙〉
倒叙はこの逆です。まず犯人が罪を犯します(完全ネタバレですね)。それをどうやって探偵が解いていくかが見物です。読み手は犯人が誰か知っていますから、“安心”して読めます。
「最初から犯人が分かってしまうと面白くないのでは?」
そう考えるのが普通ですが、実は無茶苦茶楽しめます。『刑事コロンボシリーズ』『古畑任三郎シリーズ』が倒叙ミステリーの代表です。
梲(うだつ)の上がらなそうな刑事コロンボが、どんどん犯人を追い詰めていくのは痛快です。
「推理」は謎解きをしなければならないので、“かなり頭を使う”必要があります。当然、犯人は罪を犯しています。でも、それはいつなのか? どこでどうやって? 実際読んでいて、どれだけの人が気づけるでしょうか。そして、犯人が分かった瞬間に、ページを戻って確かめます。
密室殺人であれば「犯人がドアを閉めている」あるいは「閉めるように指示している」というように、確かに書いています。で、「ああ引っかかった!」「騙された!」となります。
ですが、「倒叙」は探偵を見守るだけですから、“単純に楽しめばいい”だけです。どうでもよさそうな細かな質問のあと、ようやく帰りかけた刑事コロンボが“思い出したように”「そういえばアレはどうでした?」と犯人に聞くのです。もちろんプロフェッショナルの“演技”です。
《倒叙――結論から伝える》
倒叙によって結論から伝えることで、相手(読み手)の負担が減ります。「推理」で謎解きができなくても、「倒叙」では犯人が分かっていますから、犯人を間違えることはありません。
倒叙はリーダーフレンドリー(Reader friendly)――読み手にやさしい書き方なのです。
「推理」ですと、“かなり頭を使う”ので相手に伝わったり伝わらなかったりします。“ハラハラドキドキ”があれば相手は不安になります。イコール“被害は増す一方”です。齟齬(そご)をきたさず(行違いなく)、“どんでん返し”まで楽しませることができるでしょうか?
「倒叙」ですと、まず最初に結論がありますから“安心”です。双方が“単純に楽しめばいい”のです。
《起承転結は書けない》
とはいえ、正しい時間順に「起承転結」であったほうが分かりやすいと考えるのが誰しもです。これはある種「物語」になっているからです。「物語」では、私たちが探偵(主人公)の目線で考えることができます。
しかし、私たちが探偵になれるでしょうか。何の訓練も受けずに、殺人犯の隣で仕事ができるでしょうか。
そもそも、「起承転結」で書くことが私たちにできるでしょうか。特に「転」が大切です。誰もがびっくりするような大“どんでん返し”を毎回書けるでしょうか。
学校で、「起承転結」で書きなさいと習ったと思いますが、果たして書ける人がどれだけいるでしょうか。
正直言いますと、私はプロフェッショナルですが「起承転結」で書いたことがありません。あったとしても少ないです。
谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫――いわゆる大先生と言われる作家が「文章読本」を書いています。
「文章読本」は、文章の書き方を記しているのですが、それらを読んで、いったい何人の人が「起承転結」で書けたでしょうか。
「起承転結」で書くことはかなりハードルが高いのです。それは芸術なのです。
私たちは、倒叙で「結論から先に伝えたほうが、相手に伝わりやすい」のです。
もちろん、証拠資料(エビデンス)がしっかりしていることが大切です。
この文章も倒叙で書かれていますので、次の章は「第三の視点」で、三番目が「虚構サイン」です。「犯人が誰か分からなくなっても、途中を読み返すことはしなくていい」のです。倒叙では、一番最初に書いてありますから“とても楽”です。
これは書き手にとっても“とても楽”だということです。最初に書いた順番で書けばいいだけですから。
「第三の視点」の前に、こうしたやさしい倒叙記述(パラグラフ・ライティング)がどうやってできたのか、また倒叙記述(パラグラフ・ライティング)の書き方を述べておきますね。
《倒叙記述(パラグラフ・ライティング)》
「パラグラフ・ライティング」の「パラグラフ」は、日本語の「段落」という意味ですが、倒叙記述(パラグラフ・ライティング)の場合は意味が違います。伝えたいメッセージの一塊です。
〈倒叙記述(パラグラフ・ライティング)の成り立ち〉
英米系社会言語学を専門とする慶應義塾大学文学部の井上逸兵教授によると、英米系社会言語学はアメリカ合衆国が起源であるものが多く、1960年代くらいに社会系の学問が発達してきたそうです。学問としては非常に新しい分野です。
1960年代のアメリカ合衆国といえば、エリック・ホッファーでしょう。ベトナム戦争があり、ボブ・ディランがいました。
※独断と偏見があります。
ヒッピーありーの、キング牧師ありーの、マルコム・Xありーの、大変な時代です。レイモンド・チャンドラーもダシール・ハメットも過去の人です。
※独断と偏見があります。
出自や思想が違っている社会の中で言葉がどういう風に用いられるか、言葉は人の社会生活の中でどういう働きをしているのかを考えるのが社会言語学です。なお、『刑事コロンボ』は1968年から放映されています。
もうぐっちゃんぐっちゃんの坩堝(るつぼ)です。こうなると、相手のことを理解するにも、最初に結論が欲しくなるのは当然でしょう。最後まで聞いてもらえないので、先に結論を言わざるをえなくなります。
こうした背景から、倒叙記述(パラグラフ・ライティング)がなされるようになったようです。
〈倒叙記述(パラグラフ・ライティング)の構成〉
伝えたいメーセージは冒頭で述べてしまいます。そして、そのメッセージを順番に説明していきます。
【正】「倒叙」記述←アカデミックの世界では正しい書き方
・序論「A=Bなので、(1)(2)の2点を説明します」←一番大切な部分
(序章・イントロダクション)
・本論「(1)はこう、(2)はこうです」
(詳しい説明)
・結論「(1)(2)のことから、A=Bです」
(なくてもいい)
【誤】「推理」記述
・起―序論「Aについて述べます」
・承―本論「Aはこうです」
・転―本論「B登場! 実はBだったのです」←「聞いてないよ!」知らんがな。
・結―結論「実はA=Bだったのです」←「話長い」聞いてくれない。
「推理」記述だと「結論まで結論が分からない」ので、読み手に不親切な「迷惑な書き方」です。
まず最初に結論を言うことで、相手は「今からこういう話だな」と心構えができます。
倒叙記述(パラグラフ・ライティング)では、必ず最初の第一文(序論)で「AはBである」とメッセージを記します。メッセージは、必ず一つです。
次に、本論で具体的に説明します。
結論はあっても、なくてもいいです。
【参考文献その他】
*瀧本哲史『武器としての決断思考』(星海社、2011年)
*井上逸兵『パラグラフは英語プレゼンの基本』(同学社、2017年)
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