「沈黙」という話-008

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「沈黙」という話-8

【アブラハムの宗教】
同じアブラハムの宗教であっても、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教はそれぞれ特色があります。#blackjoke

〈ユダヤ教〉
三宗教で一番古いユダヤ教の神は唯一神「ヤハウェ」です。キリスト教の『旧約聖書』に出てくる神で、世界を七日間で造った偉大な創造主です。

けっこうわがままな性格で、あまりよく理解できません。まるで人間のようですが、『旧約聖書』では「神に似せて人が造られた」(!)とされています。――「創世記」第2章

人(ヒト)の学名は“Homo sapiens”です。ホモ・サピエンスの意味は「知恵ある人」つまり「知恵の樹の実を食べた人」です。

ヤハウェは、アダムとイヴに禁断の果実(知恵の樹の実)を食べるなと命じていますが、生命の樹の実を食べてはいけないとは言っていません。ちょっと性格に問題があります。

人の悪行が目立つからと大洪水を起こしますが、やり過ぎたので「二度としないよ」と空に橋をかけて契約します。これが佐野元春の「約束の橋」であり、L’Arc〜en〜Cielの「虹」です。――「創世記」第9章

ソドムとゴモラも風紀紊乱で滅ぼします。同性好きのソドムの住民は天使とラヴラヴしたかったようです。なんと不敬な……。天使は善良なロトとその妻と二人の娘を逃がします。けれど「後ろを振り向いてはいけない」と天使に言われていたのに、妻は振り返り塩の柱になってしまいます。マンガ『デビルマン』やアニメーション『ふしぎの海のナディア』でも塩の柱になっていました。塩というのも抽象的ですが、完全に分解してしまったのでしょうね。――「創世記」第19章

『旧約聖書』の「ヨブ記」に至っては、正直なヨブを悪魔が試すことを許しています。「主は与え、また奪う」と意に介さないヨブですが、そこまで追い込むかというほど悪魔の好き勝手にさせています。極めて悪質です。なお、「ヨブ記」は英語で“The Book of Job”です。映画『ミッション:インポッシブル』にも登場しています。

これほどかというほどヤハウェは人間的です。あっ逆ですね。これほどまでに人間はヤハウェに似ています。

『聖書』には、こうしたエンターテインメントな話が多く、とても聖なる書物とは言えないのではないかという意見もあります。スタンリー・キューブリックの映画『時計じかけのオレンジ』では主人公が『聖書』で妄想しています。ただし、原作のアンソニー・バージェスの小説とは結末が違います。

もう一つの特色として、選民思想があります。ドイツのナチスのアーリア人の話ではありません。世界の終末にユダヤ人だけが救われるという考え方です。

もっとも、ユダヤ教の世界の終末は、(ユダヤ人だけが)平和になるだけです。キリスト教のコワーイ最後の審判とかありません。最後の審判については後述します。

〈キリスト教〉
キリスト教では、父と子と聖霊――三位一体が神の基本形です。
※違う宗派もあります。

キリスト教の父(神)はユダヤ教のヤハウェと同じですが、直接名前は呼ばれず「主」とされます。父(神)に、妻の女神はいませんが、子(キリスト)がいます。子(キリスト)は聖母マリアから生まれましたが、イエスの母マリアにはヨセフという夫がいます。

これがギリシア神話であれば全知全能の神ゼウスが結婚前のマリアとラヴラヴする話になりますが、キリスト教では処女懐胎です。ちなみに、ゼウスはほとんどの女性とラヴラヴしています。しなかったのはアキレウスの母テティスぐらいです。この話は別の機会にしましょう。

天使ガブリエルがマリアに「見たまえ。乙女が身ごもって男の子を産むでしょう。その名はインマヌエルと呼ばれるでしょう」と受胎告知します。インマヌエルは「神はわれらとともに」という意味です。

このあたり、何度聞いても無宗教の人からすれば「?」疑問符ですが、教義ですから。

キリスト教圏では『聖書』から名前とることが多く、インマヌエルですと哲学者イマヌエル・カントが有名ですね。フランス語の女性名ですとエマニュエルです。

怒りっぽいユダヤ教のヤハウェと違って、キリスト教の父(神)はいたって柔和です。けっこう話すヤハウェですが、父(神)の言葉は子(キリスト)が語っています。あれやこれやと戒律が多いユダヤ教の神は、長男に期待する父のようです。自己を見つめる機会が多かったキリスト教の神は、次男に託しているようです。

〈イスラム教〉
後発のイスラム教の神は「アッラー」です。アッラーの意味は「神」です。自分で自分のことを神だというほど強い神です。

その教えは、最後の預言者であるムハンマドが伝えました。キリスト教でのイエス・キリストの立場です。ムハンマドが受けた啓示を結集したものが教典『コーラン』です。114章からなる『コーラン』はイスラムのことについて細かく記されています。
※イスラム教ではイエス・キリストも預言者の一人です。

私は岩波書店の『コーラン』を読んだことがありますが、イスラム教では『コーラン』はアラビア語の原典読みしか認められません。つまりイスラム教徒はアラビア語が必須なんです。

イスラム教は、徹底して偶像崇拝を禁止しています。ですからムハンマドの伝記映画とかありません。それだけ純粋に本物だけを愛していると言えます。

ただし、キリスト教徒に言わせると「マホメット(ムハンマドの訛)の教えって『聖書』のパクリでしょ」となります。

イスラム教徒「アッラーにお子ができる訳ないでしょ? 恐れ多いことを!」

キリスト教徒「御子を認めない反キリストめ!」
※反キリストについては後述します。

イスラム教徒「コーランか、然らずんば剣か」

戦争です。

しかし、本来のイスラム教徒はとても敬虔で寛容で慈悲深いです。イスラム教徒として生きるということはそういうことです。また、イスラム教では過去の出自は全く関係ありません。神の前に平等であり、指導者はいても聖職者はいません。

時には、二十世紀のアメリカ合衆国のネーション・オブ・イスラムのような過激なイスラム団体がありましたが、例外だと考えるべきでしょう。ネーション・オブ・イスラムに所属していたマルコム・Xは後に暴力に訴えることを止め、そのために暗殺されます。スパイク・リー監督の映画『マルコムX』があります。

最近では、イスラムの人はテロリストのように思われていますが、どこの世界に自爆したら天国に行けるという教えがあるのでしょうか? ――第二次世界大戦末期の日本というジョークがありますが……。#blackjoke

イスラム教徒による宗教的迫害がないとは言いませんが、キリスト教の「信者以外の異教徒は人間ではない」よりマシなように思えます。#blackjoke

そもそも、基本的にイスラム教徒は改宗や棄教をすると死罪です。
※現代では寛容になっています。

個人的な思い出。911の時、インドネシアにいた。僕を含む多くの現地の人がテレビの前でその光景を共有した。衛星放送で見るアメリカのニュースのアンカーは、 妙に早々とイスラム原理主義者の犯行の可能性を述べた。僕の周りのムスリムは、一斉に「違う、我が神はそんなことを命じない」と言った。
田中泰延(@hironobutnk)
https://twitter.com/hironobutnk/status/485226928257761280

【「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話】リスト(16+36+号外1)

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