「カウボーイ・サマー」という話

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「カウボーイ・サマー」という話
その夏、少年は憧憬(しょうけい)から解き放たれる。


『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』
前田将多

ぜひ小説を読まれた後でお楽しみください。

【“Cowboy up!”】

“Cowboy up!”
――それは、たとえ落馬しても、もう一度立ち上がって乗り、諦めずにやり通すことを鼓舞する言葉だ。僕は正直に言うと、その言葉の押しつけがましい暑苦しさがあまり好きではなかった。カウボーイとは、心の中に静かに住まわせるものだと思っていたからだ。しかし、振り返れば、すでに何度も“Cowboy up”しなくてはならない場面があったような気もする。この旅に出たこと自体が、僕にとっては“Cowboy up”であったという見方もできる。
*前田将多『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』(旅と思索社、2017年)P231

【コラムニスト前田将多】
『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』は、コラムニスト前田将多(まえだしょうた)の二作目の著書です。

前作『広告業界という無法地帯へ』が「広告業界外の人が、いかに問題の大局を見ることができないでいるか」(※)ということから書かれたのに対して、同じ2017年にまったく異なる分野の作品を書いた著者に驚かれる人も多いでしょう。
※前田将多『広告業界という無法地帯へ』(毎日新聞出版、2017年)P2

前田将多は、1975年生まれの42歳(2017年現在)です。2015年に株式会社電通を退職し、カナダの牧場でひと夏カウボーイとして働きました。

直前に「この夏は北米で40手前にしてカウボーイして過ごしますので、暫くの間探さないで下さいませ。全力で牛を追います」と軽く語っていましたが、39歳の元サラリーマンには大変な仕事だったようです。
(引用:615802363605954560

貴重な、カウボーイとしての経験が『広告業界という無法地帯へ』を書かせたと言ってもいいでしょう。

“Cowboy up!”は、「困難に直面しても、もう一度立ち上がって、馬に跨り、最後までやり遂げようぜ」という気概を鼓舞する言葉なのですから。
(引用:658652572954193920

出身は、東京都練馬区。東京都立大泉高校に、カウボーイハットで通学するモテない少年でした。このころから煙草を嗜んでいたようです。
※未成年は真似してはいけません。

アメリカ合衆国の州立大学のウェスタン・ケンタッキー大学に入学しています。アメリカ人よりもカントリーミュージックに詳しい学生でした。ただし、成績は芳しくなかったようです。

帰国後、法政大学大学院に進学します。学究の道を目指したのですが、頭がよくないことを気づいて中退してしまいます。

2001年に株式会社電通に入社します。関西支社に配属され、ふてくされた感じで行ったのに、水が合いそのまま関西に定住しています。

そして、前述のように2015年に会社を辞め、ひと夏カウボーイとして働きました。

現在、コラムニストとしての前田将多が有名ですが、株式会社スナワチ代表として、日本のクラフツマンたちが誇りを持って作る皮革製品を提供しています。とても良質な「作品」です。
(引用:株式会社スナワチ「about」

そうした製品をつくるには時間が必要です。前田将多がカナダに渡ったのは、仕上がりまでの時間差を埋める意味もありました。それに、「知る」ことも大切ですから、陸路でアメリカ合衆国のモンタナ州・ワイオミング州へ6日間で2,600kmを走行して取材しています。

【自称コラムニスト】
前田将多は「みんなが言えないことを言うのがコラムニストの役目です」と述べています。実際に、コラムで本当のことを言っています。

「いいですか、恐ろしいのは電通でもNHKでも安倍政権でもない。どこにでもいる普通の人たちだ。自分の存在意義を誇示するがために、他人の時間を奪うエライさんだ。自分の身がかわいくて、上司からの無理難題をそのまま下請けに押し付けるサラリーマンだ。それを唯々諾々と飲み込んで徹夜してしまう労働者たちだ」
*『広告業界という無法地帯へ』P15-16

ただし、この言葉からも『広告業界という無法地帯へ』が悪意から書かれた訳ではないことを理解してもらえるでしょう。

電通時代の前田将多は名刺に「コラムニスト」という肩書を載せていました。広告代理店店員が私(わたくし)のコラムニストを名乗るのは変な話です。それだけ電通が、公私混同の肩書を許す寛容な会社だったということです。

前田将多がコラムニストを自称し始めたのは2003年からです。今も「月刊ショータ」という個人のウェブサイトにコラムを掲載しています。

「月刊ショータ」はかなり読みごたえがあり、とても素晴らしいコラムです。しかし、10年を経てもあまり評判になりませんでした。それは、コラムニストを自称しつつ、その本質を問うていなかったからです。

誰しも自分が本物かどうか問う時があります。自分が自分自身として再生する時です。前田将多にとってカウボーイ・サマーがその時でした。

【前田将多の格好良さ】
著者近影はモノクロームで明治の偉人のようですが、実際の前田将多は穏やかに笑う普通の人です。口髭(マスタッシュ)をカールさせ、カウボーイハットを被っていますが……。

どれだけ言葉や形にしても、その中身に人は引きつけられ魅了されます。カウボーイに憧れ、実際にカウボーイになった前田将多は実に魅力ある人間です。

『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』の冒頭、カナダ・ヴァンクーヴァー空港の入国審査で、バカ正直に先月に会社を辞めたと言ってしまったがために不法就労を疑われます。

悪人には見えなかったのでしょう。審査官のほうから助け船をだされ「異文化体験」として入国します。どちらかというと騙されるのを心配されたのかもしれません。#joke

カウボーイの職につきますが、何をするにも最初は必ず失敗します。そして、慣れたころにボーッとしてミスを繰り返します。人間です。

プロフェッショナルの仕事の最中に説明などありません。映像番組であればナレーションがはいるのでしょうけれど、訳も分からないまま作業だけが続きます。

ようやく流れが理解できるころに、夏が終わります。人生です。

多くの失敗を越えて、人は成長します。憧れだけで生きてきた少年は、現実を知り大人になります。

【前田将多の父】

Dedicated to my late father & all the cowboys out there.
亡き父と、今日も大空の下で働く、すべてのカウボーイたちに捧げる

『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』は亡くなった父に捧げられています。

前田将多の父は、雨が降ると「靴が濡れる」という理由で会社を休む人でした。
(引用:373337870993330176

なお、前田将多も、寝グセが直らないという理由で、ジムに行くのをやめる人です。
(引用:691186815194132480

冗談はこれくらいで、前田将多の父は灘中灘高京大という関西の賢人です。ですから作中、前田将多に話しかける父は関西の言葉です。

前田将多の父は、日本カントリーミュージック協会を設立しています。その関係で、前田将多もカントリーミュージックに親しみ、カウボーイ少年になりました。

その父は、2006年に亡くなっています。前田将多が30歳を過ぎた時です。かなりショックだったようで「妻と三人の息子たちに囲まれて、人生の果実を知り、そして、地上を去っていった僕のヒーローは、最期までカッコよかったのでした」と書き残しています。
(引用:2006/12/

だからこそ、カントリーミュージックを語ること、カウボーイを語ることは、父の「語られざる遺言のようなもの」だと考えているようです。
(引用:2011/02/

なお、前田将多の祖父は藤田信勝であり、毎日新聞「余録」(※)を十年書いていた著名なコラムニストです。
(引用:548856698920632321
※朝日新聞の「天声人語」にあたります。

前田将多が着ているヴェストは、祖父がロンドンで仕立てたジャケットを、娘である母が女性ものにリフォームして、さらにお直ししたものだそうです。
(引用:542333293002104832

【空白の時間】
前田将多には、三つの空白の時間があります。

・高校を卒業してから8月に米国の大学に渡るまでの半年弱の空白。
・帰国後、6月に大学院を中退してから4月の入社まで10か月の空白。
・会社を辞めて製品が仕上がるまでの、ひと夏の空白――カウボーイ・サマー。

カウボーイ・サマーを語った今、他の空白に何があったか語られることはないでしょう。

【記すこと】
前田将多は、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』で、自身に対する憤りを記しています。支えられ、見守られ、返すことを記しています。

あのプレイリーのような広い心と、弾丸のような意志を持つ、カウボーイたちがいる場所へ。

読み終えたとき、ふっと涙するのではないでしょうか。私たちも行ってしまうような気がして……。

私たちもまた空白のカウボーイ・サマーを記す時が来るのかもしれません。それまでは、前田将多のコラムを楽しむことにしましょう。

※書籍の紹介ですので、失礼ながら文中の登場人物の敬称を略しています。
※前田将多さんのご尊父さま、ご祖父さまのご冥福をお祈りいたします。


『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』
前田将多

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