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「東アジアの思想」という話-024

「東アジアの思想」という話-24

【『荘子』の思想的世界-3】
《「道」とは何か》
〈老子の「道」と荘子の「道」〉
老子は「道」を定義できないものであり、名前すら定義できないとしました。

「道(みち)の道とすべきは、常の道に非(あら)ず。名(な)の名とすべきは、常の名に非ず」
――金谷治『老子』(講談社、1997年)第1章-P15

老子の言をふまえて、荘子も「大道は称あらず」(道に名はない)として、「道は昭(あき)らかなれば道ならず」(はっきり解るような道は道ではない)とつづけています。

「それ大道は称あらず、大弁は言わず、大仁は仁ならず、大廉(たいれん)は嗛(けん)ならず、大勇は忮(さから)わず。道は昭(あき)らかなれば道ならず、言は弁ずれば及ばず、仁は常なれば成らず、廉は清ければ信ならず、勇は忮(さから)えば成らず。五つの者は园(えん)なれども方(ほう)に向かうに幾(ちか)し。故に知はその知らざるところに止まるは、至れり。たれか不言の弁、不動の道を知らん。もしよく知るあらば、これをこれ、天府と謂う。注げども満たず、酌(く)めども竭(つ)きず。而してそのよりて来たるところを知らず。これをこれ葆光(ほうこう)と謂う」
――西野広祥『新釈 荘子』(PHP研究所、1995年)「斉物論篇」

また、老子は言葉についても辛辣です。

「知る者は言わず、言う者は知らず」
――金谷治『老子』(講談社、1997年)第56章-P174

言葉による表現を否定しています。これでは、言葉では説明できません。

荘子も同じです。

・「大弁は言わず」――「道」を語るなら言わないことです。
・「言は弁ずれば及ばず」――言葉で語れば「道」は遠ざかってしまいます。
・「不言の弁」――言わないことこそ「道」を語ることになります。

「簡単に『道』を知ることができますが、語らないでいることは難しいです。知って語らないことが、自然の道理でしょう」
――『荘子』「列御寇篇(れつぎょこうへん)」

「道を知るは易く、言う勿(な)きは難し。知りて言わざるは、天に之(ゆ)く所以(ゆえん)なり」
――玄侑宗久『荘子』(NHK出版、2015年)P19

もうどうやって説明しろと言うのでしょうか。

〈言葉という装飾〉
老子は、言葉という装飾を嫌いました。

「信言(しんげん)は美ならず、美言(びげん)は信ならず」
――金谷治『老子』(講談社、1997年)第81章-P241

言葉という装飾は真理を歪めることですから、荘子も同様に「言は栄華に隠(よ)る」(「斉物論篇」)としています。

真理の装飾を嫌った第一人者は、なんと言っても孔子でしょう。

『易経』に「賁(ひ)」があります。「賁」は飾ることです。

――孔子があるとき卦を立ててみたところ、この「賁」を得て、天を仰いで嘆息し、なぜか心楽しまぬ様子であった。弟子の子張(しちょう)が進み出てたずねた。「賁は吉卦であると聞いていますが、どうして嘆息なさるのです」「賁は正色ではないからだ。ものの原質は、白は白、黒は黒であるべきだが、賁はどうだ。丹(あか)い漆には文様はつけぬ、白玉には彫刻をせぬ、宝珠には装飾をつけぬ、というではないか。なぜなら、原質すぐれたものに飾りは無用だからだ」(『説苑(ぜいえん)』反質篇)。
――松枝茂夫・竹内好監修、丸山松幸翻訳『易経』(徳間書店、1996年)P114

真理の大洋につづく浜辺で遊んでいるのはジョン・ミルトンやアイザック・ニュートンだけではないようです。

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