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ゴー・ゴー・ウエスト(西遊記)「火焔山にて」《読切》小説【無料(期間限定)】

『ゴー・ゴー・ウエスト(西遊記)』
“Go Go West: or Journey to the West”

三蔵法師一行が火焔山に近づくにつれ、真夏のような熱気になるのだが……。

※読切
※文庫本【14】頁(41文字17行)
※原稿用紙【19】枚(400字詰め)

「火焔山にて」《読切》

季節はようよう冬になりつつあるのか晩秋の山路の歩みに霜が砕ける音がまじった。こうなると夏が恋しくなるのは誰しもである。
振り返れば、三蔵法師一行が揃ったのは何年も前の夏の川辺だった。川といっても川幅は800里もある流砂河で、ほぼ海だ。極東の美島の水名にたとえるなら淡海(おうみ)(※)だろう。
※近江とも書き、巨大な淡水湖である琵琶湖をさす。
あまりに大きいので、諺にあるように「急がば回れ」という訳にもいかず、白かった例のブタ――おっと失礼――猪八戒も日焼けで真っ黒になってしまった。まま元々腹黒いのが特徴だったけれど。
今でも真っ黒なままなのは皮膚の新陳代謝が人間とは違うからかもしれない。もっとも、豚(中国語で猪)の皮膚はヒトの組織にきわめて似ているので、後の世では人間の皮膚移植に使われるのだとか。古今東西、不可思議な話は多い。
ともあれ、賢明な沙悟浄はいろいろ極寒の冬のことを考え青黒い顔の表情を深めていたが、秋風が吹くどころか、山に近づくほどに暑く暑くなるばかりだった。
馬上の三蔵法師は、さすが修行を積んでいるらしく、目に疲れはあったものの「心頭を滅却すれば火もまた涼し」で額に汗もない。ただ、それを言った僧侶(※)は焼死したのは知るまいが……。
※快川紹喜
https://goo.gl/j3pO9h
沙悟浄は、仏法に帰依するところ深く、ふだんは沙和尚と呼ばれていた。慎ましやかに業を行いたいのだろうが、いつもいつも猪八戒の邪魔が入る。
「暑……暑……暑いよぉ……」
やはり最初に音を上げたのは、猪八戒だった。
仏縁とは誠に不可解なものである。弟弟子として礼儀はつくす沙悟浄であったが、出来の悪い兄は……。というか今は姉だった。
天上の魔星である天罡(てんこう)三十六の変化の術で、今は巨乳の女性の姿に変身している。ベビィブルーのビキニアーマーをつけて。
そうそう、ヴェニスの商人マルコ・ポーロが書いた『東方見聞録』に「ジパング」という黄金の国があるのだが、その国では神の依り代(よりしろ)たるスモウレスラー〈リキイシ〉(原文ママ)が神具マワシアーマーという布一枚の神事を行うのだという。
そうしたクダラナイことを猪八戒に教えた沙和尚は深く後悔していた。とかく煩悩というものは、身近にあるものだ。それにしても、仏弟子が下着姿とは……。
この恥知らずの本名は「猪悟能(ちょごのう)」という。「能(あたう)を悟る」とは、とても善い名である。ただ、智慧(ちえ)や技術といった能は足らず、名前負けしていたが。
もっとも暑さに女身が理に適っているというのは本当だった。脂肪が多いぶん、熱を遮断できるのだ。事実、ラクダの背のコブは脂肪である。
今早朝、女型の猪八戒は、ラクダのように100リットルの水を胸の脂肪に変えていた。歩くたびに、両の胸が交差するなり当たったり、目障り耳障りなこと此(こ)の上ない。
猪八戒の歩みにあわせ、三蔵法師を乗せた白馬もペースを落とした。こちらのお馬さんの本名は、「玉龍(ぎょくりゅう)」で、もとは、西海龍王敖閏の第三太子なのだという。火遊びが祟って死罪まで吊るされていた玉龍を、観世音菩薩が慈悲から龍馬として一行に加わるように助けたのだ。そういえば、ギリシア神話にペガサスという馬がいるが、父親は水神ポセイドンとされている。海と馬は密接な関係があるのだろう。頭の中にも二体いる(※)と聞く。
※海馬(Hippocampus)のこと。大脳辺縁系の一部で、記憶や空間学習能力に関わる。ヒッポカンポスの名の由来は、ポセイドンの戦車をひく半馬半魚の海馬から。
ともあれ、歩みの鈍(のろ)い猪八戒同様、熱には弱い。
いちおう、猪八戒の名誉を保つために言葉をそえると、前世は九鬼水軍・村上水軍もびっくりの天の川の水軍の天蓬元帥(てんぽうげんすい)である。一番偉いのである。しかし、その分、色に弱いのである。オイタが過ぎて、下界で修行の身は、お馬さん同様だった。
「おかしいよ。この暑さ」
猪八戒の言う通りだ。確かにこの暑さは尋常ではなかった。村の家々の屋根や塀や門扉までもが赤く熱せられていた。
「太陽は火でできているっていうじゃあない。鍛冶屋で真っ赤になった鉄の塊を水につけると、ジュワってなるよね? 西の海に落ちてジュワジュワになってるんじゃないの?」
訂正しよう。この人、バカだ。――おっと、猪八戒は人ではなかった。化物だ。この一行で人なのは、三蔵法師と沙和尚の二人だけである。後は――。
「ンな訳ないだろ!」
罵倒したのは、お猿さん――失礼――孫行者である。いや、失礼でもないのか、猿にしか見えないというか、かわいらしいお猿さん(エイプ)である。
「この雌(メス)ブタが!」
彼女の顔が悲壮な色になった。……困ったことに涙を流して喜んで(!)いる。被虐性欲者(マゾヒスト)だった。
「日が落ちるのはもっと先だ。こんな近くに落ちるかってんだ」
孫行者の本名は誰でも知っている「孫悟空」である。「空(くう)を悟る」とはいかにもな法名にだが、猪八戒と同じくバカである。ちなみに、龍樹(りゅうじゅ)が「空」について『中論』(※)を書いたのは、水上を歩いた希代の奇術師が磔にされてからしばらく後のことである。
※正しくは『根本中頌』という。
「悟空や。どうしてこのように暑いのか、聞いてみなさい」
三蔵法師に言われ、近くの民家を訪れると、一人の老人が出てきてくれた。赤い肌に白い髭、青い瞳に長い眉毛、それに金歯がある。孫行者を見て曰く――。
「怪人!」
どっちもどっちだろうと思うが……。
孫行者が、いつものように三蔵法師の旅を語った。もはや立板に水である。
三蔵法師の本名は「玄奘(げんじょう)」という。「三蔵」とは、「律蔵」「経蔵」「論蔵」という三種の仏教教典に通じている人物のことで、玄奘三蔵の他にも三蔵はいる。つまりは、旅をしている間は、教典を読んでいないのだから、本来なら行中は三蔵ではないことになる。だが、細かいことはやめよう。現実に教典を持ち帰ったのは歴史なのだから。一つだけ言っておくと、一般には貞観3年(629年)に唐の太宗(李世民)に請われて旅に出たと思われているが、実際のところは許可がおりず、密出国している。吉田松陰か!
貞観19年1月(645年)に唐に帰国したが、政治的なこともあり太宗は処罰を下さなかった。そのかわり、西域の報告書を書くように三蔵法師に命じ、『大唐西域記』が書かれた。むろん妖怪変化は登場しない。
「今は秋だというのに、どうしてこうも暑いんですかね? これじゃ蒸し風呂です」
孫行者が老人に尋ねた。
「あちら向こうに火焔山がございます」
高尚な僧一行に対して、礼儀深いのはどの地でも同じである。
「そのため、この辺りは四季を通じてこのとおり真夏なのです」
「西へ通れますか?」
いちおう孫行者も仏弟子である。言葉の使いは、三蔵法師から厳しく躾(しつ)けられていた。
「無理でございますね。火焔山が途中にございますし、800里もの山が火に包まれておりますので、通ることはできかねます」
一行は歩むに進めず、やむなく老人の家に頼んで泊めてもらうことにした。
それにしても、どうやって生を営んでいるのか気になるところである。三蔵法師が老人から聞いたところ、南西の翠雲山の芭蕉堂の鉄扇仙の芭蕉扇を借りるのだそうだ。
芭蕉扇で煽ぐと、一度で火が消え、二度で風が、三度で雨になるという。
ただ、その翠雲山は遠く、ここから1,500里弱の距離があり、借りるとしても歩きで一か月は経かるそうな。
「では、その芭蕉扇を貸してもらえば、火が消えるということですね?」
孫行者が横から口をはさんだ。
「そういうことです」
「そうすれば西に行けますね?」
「もちろん行けます」
聞くが早いか孫行者が宙返り、觔斗雲で空に消えた。なお、一回の宙返りで10万8,000里――光速の20%の速度である。それ以上飛ぶには、觔斗雲の上で宙返りを続けなければならない。猿にしかできない芸当である。
初見の老人がびっくりしたのも無理はない。いよいよ三蔵法師一行をていねいに扱うのだった。
翠雲山に到着した孫行者が、樵(きこり)に出会った。
「鉄扇仙の芭蕉堂はどこにあるんだ?」
樵は孫行者を見ても驚かなかった。山には魑魅魍魎がある。それらを日々「みて」いるのだから、肝もすわろうというものだ。
「芭蕉堂ならございますが、鉄扇仙はおりませんな」
「ん? 芭蕉堂の主だろう?」
「であれば、鉄扇仙ではなく鉄扇公主でしょう」
「男ではなく、女だったのか……」
樵が言うには、芭蕉扇を持つその女、又の名を羅刹女というらしい。そして、人妻だった。夫の名前は平天大聖――牛魔王。孫行者の義兄弟である。
聞いた孫行者が歯ぎしりをした。“Ex-”――義兄弟「だった」というべきか。天帝に弓を引いたのは500年も前のことである。それに、それにだ、牛魔王の息子の紅孩児は、今は善財童子として観世音菩薩の弟子になっていた。見事、更生したのだが、悪の枢軸・牛魔王とその妻・鉄扇公主が許すはずがない。
とはいえ、敵前逃亡は重罪である。身元を明かして、借りることにした。
しかし、世の中そんなにうまくいくはずなどない。
侍女から孫悟空の名を聞いた鉄扇公主は、火に塩をくべたように明々と燃え上がった。青く美しい二振の剣を手に、表に飛び出した。
「孫悟空はどこや! どこにおる!」
怒髪天を衝くとはこのことだろう。怒りで髪がぐちゃぐちゃになっている。女の命もほどない。
「義姉(ねえ)さん、こちらに。こちらにおります」
「何が『義姉さん』や!」
仁王立ち――臨戦態勢である。
「牛魔王は、私ら義兄弟七人の一人ですよ。その奥さんなんだから『義姉さん』でしょう」
牛魔王が義兄で、美猴王(猴は猿)である孫悟空が義弟である。
「じゃあ、なんで『義姉さん』の子を、傷つけたんや? あ?」
一人息子をとられた母の怒りだった。
「それは誤解でしょう。紅孩児がうちらのお師匠さんを攫(さら)ったんで、やむをえずという訳です。それに、その罪は問われず、今は観音さんのところで――」
「――うざいわ、お前! 知恵の回る猿が! あたしは腹を痛めた我が子にも会えないんだよ?」
「それなら芭蕉扇を貸してくだすったら問題ないようにしますんで。ちょちょいと事を済ませたら、観音さんのところから預かってきます。もちろん芭蕉扇もお返しします。義姉さんのもとに、両方ともキッチリと――」
鉄扇公主の剣が光った。が、孫行者の身を傷つけることはできなかった。そもそも、太上老君(老子)の仙丹を口にしているので、死ぬことがない。仙丹をつくった消えることない八卦炉の火は、太極すなわち天地開闢(ビッグバン)の最初の光からできている。それを宿した孫行者の身がすなわち宇宙とも言える。尽きることのない火だ。
孫行者が耳のピアスを外した。手を返し、如意金箍棒を大きくして軽く剣を受け流した。元は「海の重石」だった如意棒の重さは13,500斤(約8トン)もある。
さすがに、斉天大聖――天にも斉(等)しい大聖人と名乗った化物である。形勢不利と見た鉄扇公主が芭蕉扇を出すと一煽ぎ、孫行者を吹き飛ばしてしまった。ジタバタする孫行者だったが、まるで風に流されるタンポポの綿毛だった。どうにもできず、一晩飛ばされたあげく、ようやく明け方に山岩にしがみついて止まった。
「何なんだあれは? しかし……ここはどこだ?」
ようよう見渡すと覚えがあった。いつかの黄風大王を倒すのに手助けしてくれた霊吉菩薩の禅院がある小須弥山だった。あれはまだ孫行者が沙悟浄に出会う前の話だ。熱砂の流砂河はこの向こうにある。
鐘の音が聞こえた。たよりに進むと、霊吉菩薩に面会を賜った。
前の礼を述べ、現状を報告した。とたん笑いだす霊吉菩薩だった。
「さぞかし驚いたであろうな」
「さすがに驚きました。糸の切れた凧です」
「無理もあるまい。鉄扇公主の芭蕉扇は、天地開闢のはじめからある。崑崙山の麓で、冷えた月の精を吸って育った芭蕉の葉だ。簡単に火を消すのはもちろん、煽がれたなら人は84,000里も飛ばされる。お前さんでなければそのまま宇宙に飛び出していただろうな」
危なく孫行者が、考えるのをやめるはめになるところだったらしい。
「さて、どうしたものでしょうか?」
「心配には及ばぬ。手はあるものだよ。釈迦如来から『定風丹』と『飛龍の宝杖』を預かっている。『飛龍の宝杖』は黄風大王におりに使ったが、『定風丹』はまだある。これを使うがよい。芭蕉扇で煽がれてもびくともしないのだ」
霊吉菩薩が定風丹を、孫行者の襟裏に縫いつけてくれた。
「翠雲山へは、北西に行くがいい」
朝焼け、礼を述べた孫行者の身が宙を舞った。

【解説】
『西遊記』は英語で“Journey to the West”といいます。“Journey”は陸の旅行です。海ですと“voyage”――航海ですね。初めての航海は、「処女航海(maiden voyage)」です。ハービー・ハンコック(Herbie Hancock、1940年4月12日―)のジャズの曲にもあります。
玄奘が天竺――今のインドを目指したときには陸路しかありませんでした。海路もあったのですが、一般には知られていません。もちろん空路などあろうはずもありません。そのあろうはずもない空路を夢見させてくれるのが孫悟空という存在です。一回の宙返りで10万8,000里です。この数字は唐から天竺までの距離とされています。もっとも李白の白髪三千丈のように誇大で、実際には地球を一周半してしまいます。ままそれだけ遠く話してみたのでしょう。
孫悟空にしてみれば、刹那すぐそこです。それを5,048日(14年弱)かけて、5,048巻の教典を取りにいくのです。途方もない話ですが、史実、玄奘はやってのけました。そして、三蔵はその残りの生涯を教典の翻訳に費やします。私たちが使っている国名の「インド」は、玄奘三蔵が漢字を「印度」としたからだそうです。※
【要確認】※玄奘『大唐西域記』
私たち一般人にしてみればどうでしょう。「そんな人いる訳がない」「絶対にカラクリがある」です。そこで孫悟空という英雄(ヒーロー)が生み出されました。一個人たる人間・玄奘ではなく、英雄に守られた玄奘と一行になった訳です。
ただし、その分、玄奘が凡人になってしまいました。孫悟空だけではなく、猪八戒や沙悟浄も登場しますが、それらすべては玄奘の影にすぎません。あまりに英雄を英雄視しすぎたために、孫悟空だけが活躍する話になってしまいました。それだけに、旅をする前の天に仇なすときのほうが楽しいという本末転倒な話になってしまいました。実際、むちゃくちゃ楽しいのは最初で、改心した後は観世音菩薩ほか釈迦如来傘下に守られて、孫悟空の活躍は乏しくなります。
そのうちでも、この「火焔山にて」は終盤に近く伏線回収話です。定風丹によって吹き飛ばされなくなった孫悟空は、ウルトラセブンよろしく小さくなって鉄扇公主の体内に入って、芭蕉扇を借り受けるのですが、これが偽物でした。牛魔王が火をつけたに違いないと怒る孫悟空ですが、実はこの火焔山は、孫悟空が天から逃げ出すときに蹴飛ばした八卦炉の火です。因果応報という訳です。
ちなみに、火焔山(The Flaming Mountains)は、中華人民共和国新疆ウイグル自治区に実在しています。近くにベゼクリク千仏洞(The Bezeklik Thousand Buddha Caves)があるので、この地に仏教が伝来したのは間違いありません。もっとも実際に火が上がっている訳ではなく火山活動が活発なだけです。夏の気温は50度を超えることもあるのだとか。世界は不思議に満ちています。

【了】

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