解説『犬神家の一族』スケキヨの素顔〈B面〉(ネタバレ)

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解説『犬神家の一族』スケキヨの素顔〈B面〉(ネタバレ)

《目次》
〈B面〉(ネタバレ)
【どうしてこうなった(!)のでしょう】
【『犬神家の一族』】
〈あらすじ10〉〈斧・琴・菊(よき・こと・きく)〉
〈あらすじ11〉野々宮珠世の正体
〈遺言3〉どうして野々宮珠世が青沼静馬を選ぶ選択がないのか?
〈遺言4〉どうして青沼菊乃は野々宮珠世を殺めないのか?
〈犬神佐兵衛の妻〉
〈あらすじ12〉青沼菊乃登場
〈犯人の正体〉
〈伏線の回収〉
【いったい誰が悪いのか】
〈あらすじ13〉殺人鬼の最期
【スケキヨの素顔】
【参考文献・資料】

※3話+〈B面〉(ネタバレ)
※文庫本【30】頁(41文字17行)――〈B面〉
※原稿用紙【39】枚(400字詰め)――〈B面〉

*****

【どうしてこうなった(!)のでしょう】
『易経(えききょう)』「2.坤(こん)」(※)に「霜を履みて堅氷至る(しもをふみてけんぴょういたる)」とあります。「霜がおりる季節になれば、いずれ氷もはるようになる」ことから、「わずかであれ災いの徴候があれば、いずれ大災害になる」という意味です。

※『易経(えききょう)』――五経(ごきょう)(※)の一つで、儒教(じゅきょう)では一番大切にされている書籍です。

※五経(ごきょう)――『易経』『書経(しょきょう)』『詩経(しきょう)』『礼記(らいき)』『春秋(しゅんじゅう)』の経書(けいしょ)のです。経書は他に四書(ししょ)の『論語(ろんご)』『孟子(もうし)』『大学(だいがく)』『中庸(ちゅうよう)』があります。詳しくは、別の機会にしましょう。

また、「積善の家には必ず余慶(よけい)あり」「積不善の家には必ず余殃(よおう)あり」とも書かれています。「慶」の対になっている「殃」は「わざわい」と読みます。

「善行を積み重ねた家には、慶福(けいふく)があります」「不善を積み重ねた家には、災禍(さいか)があります」となります。

原因の一つが、犬神佐兵衛の三人の娘――松子・竹子・梅子に対する愛情の欠如でしょう。

異なる母をもつ三人の姉妹の心根(こころね)は、どのようなものだったのでしょう。

親の愛情を知らないがために、他の愛情が欠落してしまう? 幼いころに愛情を与えられなかった人は、薄情な人になると言われています。

フランスの作家バンジャマン・コンスタン(Benjamin Constant、1767年10月25日―1830年12月8日)は、『アドルフ(Adolphe)』(1816年)(※)で「性格は変わらない」としています。

※『アドルフ(Adolphe)』(1816年)――イザベル・アジャーニ(Isabelle Adjani、1955年6月27日―)主演の映画『イザベル・アジャーニの惑い(Adolphe)』(2002年)の原作です。美しいです……。

しかし、本当にそうでしょうか。

時代や環境によって人格が変わることもしばしばあります。

愛情を知らないからこそ、自分から与える人もいます。

たとえば、人殺しだったアングリマーラは、釈迦(しゃか)の弟子になり、改心して善行を行うようになりました。

ただ、どれだけ善行を積もうとも、悪行が消える訳ではありません。しかし、それだけの悪行があったからこそ、それだけの善行が行えたとも言えます。

【『犬神家の一族』】
〈あらすじ10〉〈斧・琴・菊(よき・こと・きく)〉

佐智の死から、あわれ小夜子が発狂してしまいます。それだけの想いがあったのでしょう。小夜子は妊娠していたのです。

絞殺された佐智の母・梅子は、犯人は松子だと罵ります。遺言状がなければ、佐清が相続人になっていたのですから……。

しかし、〈琴(こと)〉による見立て殺人だと知ったとき、梅子は言葉を失くします。

それは、竹子も同じでした。歪(ゆが)みあっているはずの梅子に相談すると言います。

松子は琴の師匠の宮川香琴を相手に稽古をしていました。佐智の死にも小夜子の発狂にも心を動じません。しかし、吉井(よしい)刑事の「……斧(よき)、琴、菊……」という言葉に琴糸を切ってしまいます。
――横溝正史『犬神家の一族』(角川書店、1972年(改版1996年))P258

血がたれる指にハンカチで止血します。

吉井刑事が怪我をしましたねと声をかけました。

【A】松子は琴糸が切れた拍子にと返しますが、宮川香琴が不思議そうに眉をひそめました。

不幸があったので、宮川香琴は失礼することにしました。

【B】心やさしい仮面の佐清が、目の不自由な宮川香琴を気遣い手をとります。やさしく手をとられては、ふりほどく訳にもいきません。あまえることにしました。その様子を松子は不思議そうに見送るのでした。

佐智が〈琴(こと)〉による見立て殺人だと確かめた松子は、妹たちとよく相談しますと言い、古館弁護士にすぐ来てもらうように女中に命じました。

清冽(せいれつ)な菊の香りのする座敷に、一同が集まります。

松子と佐清、竹子と寅之助、梅子と幸吉、野々宮珠世です。今日は猿蔵もひかえています。

それに、豊畑村からひきあげてきた橘署長と金田一耕助、松子によって呼び寄せられた古館弁護士、それに吉井刑事がいます。

松子が、竹子・梅子の了承をえて、およそ人とは思えない、青沼菊乃と青沼静馬への暴行を白状し始めました。

「いつまでもおまえたちに、よきことばかりは聞かしておかぬ。いまにその斧、琴、菊がおまえたちの身にむくいてくるのじゃ」
――横溝正史『犬神家の一族』(角川書店、1972年(改版1996年))P277

〈あらすじ11〉野々宮珠世の正体
古館弁護士が、青沼菊乃の正体を調べていました。

青沼菊乃は、野々宮珠世の祖母の野々宮晴世と従姉妹(!)だったのです。松子・竹子・梅子も知らなかったようです。

青沼菊乃は、犬神佐兵衛が神のようにあがめた野々宮晴世の血縁の、ただ一人の生き残りでした。それだけに犬神佐兵衛の愛情も深く、それを知らない三人の憎しみも深かったのです。

青沼菊乃と青沼静馬が行方不明になったのは、ある意味当然でした。鬼のような三人から逃げるために青沼菊乃は消えたのです。

青沼静馬は、富山の遠い親戚の津田家にもらわれ、津田静馬になりました。その後、戦争にとられて行方不明でした。

そこに、大山神主がやってきて、野々宮珠世の正体を暴露します。

野々宮珠世の母・野々宮祝子は、犬神佐兵衛と野々宮晴世の娘(!)だったのです。つまり、野々宮珠世は犬神佐兵衛の孫(!)なのです。

〈遺言3〉どうして野々宮珠世が青沼静馬を選ぶ選択がないのか?
大恩ある人の大切な孫娘と、自分の息子。当然ながら、選択肢にあっても不思議はありません。というかそれがあって当然の事項が、なぜか書かれていません。

あえて、そうしたことを私「信頼できない語り手」は書きませんでした。というのも、それを書いてしまうと、ヒントになってしまうからです。

エンターテインメントの小説や映画では、「信頼できない語り手」――あえて触れなかったり、ミスリード(読み違い)をさせるためにこうした手法がとられます。

これは作者の横溝正史も同じでまったく触れていません。姿の見えない青沼静馬の正体を探すことに時間を割いて、遠ざけています。

繰り返しますが、どうして野々宮珠世が青沼静馬を選ぶ選択がないのでしょう?――それは、二人が姪と叔父の関係だからです。

古代エジプトのツタンカーメン王(Tutankhamun)(※)の時代ならともかく、さすがに昭和です。それはありません。現行法でなくても旧民法でも近親者間の婚姻の禁止(※)が法律にあります。

※ツタンカーメン王(Tutankhamun)――「美しい人の来訪」という名の義母ネフェルティティ(Nefertiti)の娘(義母姉妹)と、兄弟姉妹婚をしました。

※近親者間の婚姻の禁止

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M29/M29HO089.html

「第七百三十四条 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない」

「結婚」のことを、法律では「婚姻(こんいん)」と言います。遺言(いごん)と違って、こちらは婚姻届から知っている人も多いでしょう。

野々宮珠世にとって、母・野々宮祝子が一親等、祖父・犬神佐兵衛が二親等、傍系血族の叔父・青沼静馬が三親等となり、婚姻できないのです。

なお、三親等の婚姻についての参考文献はあるにはあるのですが、さすがにちょっとここでは……。興味ある人はご自身で探してください。アンモラルなことは、秘かに楽しむものです。

〈遺言4〉どうして青沼菊乃は野々宮珠世を殺めないのか?
それには、従姉妹の野々宮晴世がどのような人であったか振り返ってみましょう。

「この晴世というひとは、神のごとくやさしく、しかもその美しさときたら神々しいばかりであったという」
――横溝正史『犬神家の一族』(角川書店、1972年(改版1996年))P7

ここからは【推論】ですが、きっと青沼菊乃もやさしかったのでしょう。身寄りのない青沼菊乃は健気(けなげ)に生きてきたのでしょう。

そして、知ってか知らずか犬神佐兵衛の犬神製糸の工場に勤めることになりました。当時の景気のよい会社といえば、犬神製糸会社だけですからある意味、必然とも言えます。

変調がありますが、フランスのエクトル・マロ(Hector Malot、1830年5月20日―1907年7月17日)の『アン・ファミーユ(En famille)』(1893年)のようです。知らない人も多いと思いますが、アニメーション『ペリーヌ物語』(1978年)の原作です。

※『ペリーヌ物語』の解説とか勘弁してくださいね。フランス語ですよ? ――というわりには『罪と罰』とか解説していますが……別の機会にしましょう。

母を亡くしたペリーヌは祖父に会いに行くのですが、インド人の母を嫌っている祖父に素直に名乗ることができません。祖父の工場で勤めながら、信頼を勝ち取り、やがて祖父に認められ題名にあるように「家族(En famille)」となるのです。涙うるうるです。

しかし『犬神家の一族』ではそうはなりません。

犬神佐兵衛は工場で働く青沼菊乃を見初(みそ)めます。野々宮晴世の従姉妹ですから、それなりの美しさがあり、また似ていたのでしょう。

うら若い女工・青沼菊乃の汗……。犬神佐兵衛は歩みをとめ見とれていたことでしょう。

犬神佐兵衛は、ようやく愛する人と巡りあったにもかかわらず、松子・竹子・梅子という実の娘に仲を裂かれます。犬神佐兵衛にとってそれは……。

犬神佐兵衛には、青沼菊乃がそうしたことをしないことを知っていたのです。

〈犬神佐兵衛の妻〉
そもそも、犬神佐兵衛にとっての「妻」は、野々宮晴世でした。

野々宮大弐は犬神佐兵衛と恋仲になりましたが、二・三年でやんだようです。美少年好きだった野々宮大弐でしたが、女性に対してはまったく興味がない人でした。

野々宮晴世は、処女妻(!)だったのです。

キャー!

コレ、私が改変している訳ではありませんよ。きちんと原作(P298)に書いてあります。これが原作読みの楽しみなのでしょうね。さすがに映画になるとインパクトが強いですから、わざわざ描くこともありませんから……。

奇妙なことに、野々宮大弐は二人の関係を認めていました。ただ、別離して妻・野々宮晴世を、犬神佐兵衛に与えるようなことはしませんでした。

「奥さんあげます」といえば、谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう、1886年(明治19年)7月24日―1965年(昭和40年)7月30日)が細君(妻・千代)を佐藤春夫(さとうはるお、1892年(明治25年)4月9日―1964年(昭和39年)5月6日)にあげた「細君譲渡事件」(1930年)でしょう。

谷崎潤一郎は、千代の妹・せい子と結婚するつもりでしたが、せい子に断られたので、すったもんだします。それもそのはず、せい子は『痴人の愛(ちじんのあい)』(1924年―1925年)のモデル「ナオミ」になったぐらいの人でしたから……。

このころは、まだ女性は物扱いでしたからね……。そういえば、マリオ・プーゾ(Mario Puzo、1920年10月15日―1999年7月2日)の『ゴッドファーザー(The Godfather)』(1969年)で、ゴッドファーザーの息子であるマイケル・コルレオーネ(Michael Corleone)が、アポロニア・ビテリ(Apollonia Vitelli)と結婚するときに、アポロニアの父と交渉しています。その会話に一切、アポロニアの意見はありません。娘は父の所有物なのです。

「妻」が野々宮晴世だとしても、犬神佐兵衛には恩人の妻です。わだかまりはあったようで、思いつめた二人は心中しようとします。それを助けたのが野々宮大弐であり、二人がつきあえるように部屋を与えたのも野々宮大弐なのです。

やがて野々宮晴世は一子祝子(のりこ)をあげます。この祝子こそ、犬神佐兵衛にとっての最初の娘であり、また戸籍上は、世間体では野々宮大弐の娘でした。

犬神佐兵衛が正妻をもたなかったのではなく、いたけれど公表できなかったというのが真実です。ですから、松子・竹子・梅子の母たちにも愛情を与えなかったのです。より言えば、愛情を与えることは、「妻」野々宮晴世を裏切ることになってしまいます。

そして、第二の正妻となるはずだった青沼菊乃。それに対する松子・竹子・梅子の仕打ち。そうしたことが遺言状にあらわれたのでしょう。

〈あらすじ12〉青沼菊乃登場
野々宮珠世は、〈斧(よき)〉見立て殺人で亡くなった仮面の佐清の指紋をとってほしいと頼みます。野々宮珠世はなおも、仮面の佐清がほんとうの佐清かどうか信じられないようです。

午後九時半。犬神家の応接室に、金田一耕助と橘署長と古館弁護士の三人がいました。鑑定結果を待っているのです。

女中の案内で青沼菊乃と名乗る、黒っぽいコートを着て、古風な小豆(あずき)色のお高祖頭巾(こそずきん)の女性が現れます。

宮川香琴(!)でした。美しかった昔の面影(おもかげ)はありません。なにしろ、病で目が悪く、額に傷があるのですから……。

聞くと、主人の宮川松風の籍には入っていないのだそうです……。宮川松風の妻がまだいたので……。どこまでも薄幸な青沼菊乃でした……。

妻が亡くなった時に、籍に入れる話もあったのですが、青沼菊乃は辞退しています。これもあの三人の所業でしょう。迂闊(うかつ)に籍を動かして、富山に残してきた津田静馬のことを知られるのが心配だったのです。

静馬が自分の母を知るのは、昭和十九年の春の召集のときでした。虫の知らせか、ながのお別れになるような気がした青沼菊乃が名乗ったのです。

そのときに、父・犬神佐兵衛のことも、松子・竹子・梅子という異母姉のことも……。

静馬は非常に気立てがやさしいほうですが、感情の強い子だったそうです。

そしてその容貌は、先代・犬神佐兵衛のような美少年で、叔父甥にあたる佐清と瓜(うり)二つ(!)でした。

連絡先を知っているはずの静馬は、いまだ青沼菊乃のもとに手紙一つありません。

那須から伊那にかけては、青沼菊乃が生涯足を踏み入れたくない場所です。その青沼菊乃が、犬神家に出入りするようになったきっかけは、一昨年に古谷蕉雨(ふるたにしょうう)という師匠が中風(ちゅうぶう)(※)に倒れたからでした。

※中風(ちゅうぶう)――脳や脊髄の病気で残った麻痺やしびれをいいます。

どうしても引き受けなければならない羽目になってしまいましたが、あれから三十年、気づかないだろうという思いがありました。そして、好奇心です。

化け物のような顔になった青沼菊乃に、松子は気づきませんでした。それもそうです。女工だった女が、東京から出稽古にくるような有名な師匠になっていようとは、ふつうなら考えないものです。

「三十年という歳月は、ひとさまざまな運命の筬(おさ)を織るのである」
――横溝正史『犬神家の一族』(角川書店、1972年(改版1996年))P331

※筬(おさ)とは、織機で、経糸(たていと)の位置を整えて、緯糸(よこいと)を打ち込むのに使います。

青沼菊乃はあれ以来、犬神佐兵衛に会っていません。ただ、出稽古にあがるようになった縁で、葬儀に参列して榊をあげることができました。

そして、三つの手型のうち、奉納手型と十一月十六日の手型は一致しますが、〈斧(よき)〉見立て殺人で亡くなった仮面の佐清の指紋だけが違うのです……。

〈犯人の正体〉
山田三平(偽名)が、本名・犬神佐清で「わが告白」という遺書をしたため自決をはかろうとしますが、取り押さえられます。

しかし、佐清がすべての犯人であるはずがないのです。犬神家の殺人事件と若林豊一郎の殺人事件は、同一犯人としか考えられないのに、佐清が復員したのは十一月十二日です。十月十八日の若林豊一郎を殺せる訳がないのです。

佐清がかばう真犯人は、母・松子です。

佐清が復員したときには、偽の佐清の面前で遺言状が読み上げられた後でした。

偽の佐清とは、誰か? ――静馬です。

顔を隠した佐清は、静馬を呼び出し、素直に入れ替わる予定でした。しかし、佐清が新聞を読んだときには、顔に怪我があるとは書いていなかったのです。

いろいろ二人で思案しているときに、松子が佐武を殺す現場を目撃してしまったのです。

それからの佐清は、静馬のいいなりです。静馬は悪人ではありませんが、母たちに対する恨みは深いものでした。佐清にすべてを諦めろと迫ったのです。静馬が佐清として生き、野々宮珠世と結婚して、犬神家を相続することを。でなければ、母を殺人犯として告発すると……。

そして顔のない二人は、顔を入れ替えることになりました。十一月十六日の手型は佐清本人が押したのです。

野々宮珠世があの時、言葉にしなかったのは、仮面をとって顔を見せてほしいということでした。……そう野々宮珠世には、仮面の佐清(スケキヨ)が偽(フェイク)だと気づいていたのです。ですから、よそよそしい態度になっていたのです。

松子にしてみれば、そんなことは知りません。「お國(くに)のために戦った」ために、顔に大怪我をして、記憶の一部をなくしたと思っていたのですから。

そのためには、他の二人が邪魔でした。佐武を殺し、佐智を殺したのです。しかし、〈斧・琴・菊(よき・こと・きく)〉の見立て殺人に仕上げたのは松子ではありません。静馬です。佐清に手伝わせ、犯人が外部のものだと装ったのです。

そして、そうした事後処理を松子はなんとでもなれと思っていました。自分がどうなってもいいのです。佐清がよくなるのであれば……。

そうそう若林豊一郎の事件がありましたね。松子は忘れていました(!)が……。ままそんなものです。若林豊一郎は野々宮珠世に惚れていたので、松子が殺人未遂事件の犯人だと疑いはじめたのです。遺言状を盗み読みしたことがバレないように、若林豊一郎は始末されたのでした。

最初は野々宮珠世の生命を狙った松子ですが、遺言状を子細に読んで意味が分かるようになりました。【C】野々宮珠世を殺せば、青沼静馬のほうが遺産が二倍になるという事実に気づきます。

事件の真相は、松子が主犯、事後共犯者が静馬と佐清です。もっとも、仮面の佐清が犯人と会っていて生き残った時点で、犯人あるいは共犯者だということは明白なのですが……。

〈伏線の回収〉
エンターテインメント作品では、伏線(ふくせん)があります。本線とは別に、もう一つまったく関係ないような出来事をしめしておいて、それが真相の鍵になるものです。

たとえば、前述の【A】【B】【C】がそうです。※他にもいろいろありますが、省略します。

【A】松子は琴糸が切れた拍子にと返しますが、宮川香琴が不思議そうに眉をひそめました。

→青沼菊乃が無意識ですが、真犯人である松子のミスを指摘します。

【B】心やさしい仮面の佐清が、目の不自由な宮川香琴を気遣い手をとります。やさしく手をとられては、ふりほどく訳にもいきません。あまえることにしました。その様子を松子は不思議そうに見送るのでした。

→青沼菊乃の手をとるのは、実の息子の静馬です。これが今生の別れでした。

【C】野々宮珠世を殺せば、青沼静馬のほうが遺産が二倍になるという事実に気づきます。

→これが一番解りにくいです。人の話を聞かない松子らしいというかなんというか、若林豊一郎もきちんと説明していれば殺されずにすんだのですけれど……。

【いったい誰が悪いのか】
事の発端は、野々宮大弐が、犬神佐兵衛と妻・野々宮晴世の仲を許したことでしょう。

どうしても捨ておけない立場になると、人は脆(もろ)いものです。

これは【推論】ですが、野々宮大弐にしてみれば、愛する美少年・犬神佐兵衛をとどめおきたい口実だったのではないでしょうか。

ちなみに、フランス語に“cocu(コキュ)”という言葉があります。妻を寝取られた男のことです。妻を別の男性に抱かせることによって、興奮する夫がいるというのも事実です。

もっとも、野々宮大弐は女性に対して興味がありませんので却下ですが、しかし愛する犬神佐兵衛が別の女性――それも自分の妻と愛し合っていることに興奮するとか……。

変な妄想はこれぐらいにして、いったい誰が悪いのでしょう?

殺人をおかした松子は悪いですが、帰ってすぐに連絡しない佐清もどうでしょうか。部下を死なせてしまったとはいえ、あの戦争なんてやってはいけなかったのですから、軍部に問題があります。

犬神佐兵衛でしょうか。

松子・竹子・梅子でしょうか。※この三人は悪人です。

〈あらすじ13〉殺人鬼の最期
母をかばう佐清のために、すべてを自供した松子が、佐清の罪の重さを聞きます。

情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)があるので、死刑にはなりません。

松子が野々宮珠世に、佐清が牢から出てくるまでまってほしいと願います。

きっぱりと、待つと答えます。

金田一耕助が古館弁護士に耳打ちします。

古館弁護士から野々宮珠世に犬神家の三種の家宝、斧(よき)・菊・琴が贈られます。そして野々宮珠世から佐清へと。

松子がもう一つ、野々宮珠世に願います。小夜子の子にも遺産を分けて欲しいというのです。

小夜子の子の父は佐智ですから、竹子・梅子の孫です。

それが松子の、竹子・梅子への罪滅ぼしでした。

松子が、煙管(きせる)を落とします。毒でした。

気づかなかった金田一耕助が医師を呼びますが間に合わず、松子は亡くなります。

(あらすじ了)

【スケキヨの素顔】
そうそう、松子が仮面の佐清(スケキヨ)=静馬を殺した理由がまだでした。

松子があれほど望んでいた野々宮珠世との結婚を、仮面の佐清(スケキヨ)が拒んだからです。

松子にしてみれば、驚天動地だったでしょう。二人も殺したのに(!)です。※若林豊一郎は数に入っていないです。

松子は他にもやっているのでは? と思えてなりません。たとえば、今は亡き夫とか……。

松子には、どうしても納得できないものでした。美しい女性(処女)と、莫大な財産です。断るほうがどうかしています。

その理由は、前述のように叔父姪だからです。知っているのは静馬だけです。

いくら復讐とはいえ、根本的に静馬は邪悪ではありません。ですから断ったのです。

結果、殺人鬼――松子は静馬(異母弟)だと知ると、逆上して殺してしまいました。

ただ、静馬もそれほど多くを求めていたのではないでしょう。

【推論】ですが、バレてもともとと考えていたのではないでしょうか。籍にも入れてくれなかった父や、異母姉に対しての復讐です。

とはいえそうそう悪人でもない人に、大それた何かができるとは思えません。

適当なところで、正体をあらわして、それそうとうの遺産をもらうぐらいの考えだったのでしょう。

また、大怪我をしていますので、ふつうの仕事はできません。ですから、養家(ようか)の津田に厄介になる訳もいかず、まして母の青沼菊乃にもあわせる顔がなかったのでしょう。

ですが、松子(異母姉)が人を殺めてしまった……。

母・青沼菊乃のいうことは本当だったと気づくのです。

およその人は、そうした悪行を見るまで信じようとしないものです。

それが現実で、目の前で行われた。ショックです。

怒りは人を魔物にしてしまいます。辛くも戦争で生き残った、死線をかいくぐって生きて帰ってきた元兵士です。戦争は、心やさしい少年を変えてしまいました……。

しかし、姪とは結婚しないだけの良識をもった人ではありました。

それに、母・青沼菊乃のように、ちょっとした好奇心があったのでしょう。

一度、父の家を見てみたい。母が語る異母姉を見てみたい。恋慕と恐いもの見たさ。誰しも思うことです。

人間を破滅させるのは嫉妬と好奇心です。

こうしてみると、残された母・青沼菊乃が不憫(ふびん)でなりません。息子であれば、たとえどんな姿であっても出迎えたでしょうに。

青沼菊乃はこの後二度とこの地を訪れることはないでしょう。犬神佐兵衛が名づけた静馬の菩提を弔い、残りの人生を過ごすのです。

はたして青沼菊乃は、好奇心から那須に来てしまったことを悔やんでいるでしょうか。

いいえ。青沼菊乃がいなければ、静馬は仮面の佐清(スケキヨ)あるいは山田三平(偽名)として葬り去られたかもしれないのです。

唯一の救いは、心やさしい静馬が、目の不自由な宮川香琴を気遣い手をとったことでしょう。

ただ、その思い出だけが青沼菊乃の心をやすらかにするのでした。

【了】

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