解説『犬神家の一族』スケキヨの素顔〈A面〉1

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解説『犬神家の一族』スケキヨの素顔〈A面〉1

今回は、横溝正史の名作『犬神家の一族(いぬがみけのいちぞく)』を解説します。

「仮面の男スケキヨ」

「湖上の倒立遺体」

よく知られた作品ですが、実際に原作を読まれた人は少ないでしょう。

どうぞお楽しみください。

(そんなに恐くないよう書いてあります)

【注意事項】
この文章は、エンターテインメント(娯楽)作品です。実際に調査(リサーチ)した調査資料(エビデンス)(※)を使っていますが、虚構(きょこう)も少なからず入っていますので、調査資料(エビデンス)を使った「思考の遊び」だと考えてください。

※調査資料(エビデンス)――「証拠資料とは、その名の通り、ディベートにおいて自分の主張を証明、補強するために使われる資料・情報のことを指し、専門家の意見やマスメディアの報道、統計データ、海外事例、インタビュー内容などがそれに該当します」
――瀧本哲史『武器としての決断思考』(講談社、2011年)195ページ

《目次》
〈A面〉1
【ゴシック小説】
【氏族】
【トリック】
【名探偵金田一耕助】
【横溝正史の経歴1】
【風立ちぬ】
【横溝正史の経歴2】
【『犬神家の一族』】
〈時代背景〉

〈A面〉2
〈登場人物〉
〈あらすじ1〉犬神佐兵衛の生涯
〈遺言1〉旧民法と現行法
〈斧(よき)〉
〈琴(こと)〉
〈菊(きく)〉
〈謎染〉
〈犬神について〉
〈あらすじ2〉第一の殺人
〈殺害方法1〉毒殺
〈あらすじ3〉不可解な遺言状
〈遺言2〉遺言状の内容

〈A面〉3
〈あらすじ4〉奉納手型と時計
〈あらすじ5〉〈菊(きく)〉見立て殺人1
〈殺害方法2〉刺殺
〈あらすじ6〉時計と手型
〈犯人は誰?1〉
〈あらすじ7〉狙われた野々宮珠世
〈犯人は誰?2〉
〈あらすじ8〉さらわれた美人
〈あらすじ9〉〈琴(こと)〉見立て殺人2
〈殺害方法3〉絞殺
〈あらすじ10〉野々宮珠世の正体【省略】
〈あらすじ11〉〈斧(よき)〉見立て殺人3

〈B面〉(ネタバレ)

【参考文献・資料】

※3話+〈B面〉(ネタバレ)
※文庫本【83】頁(41文字17行)――〈A面〉3話
※原稿用紙【108】枚(400字詰め)――〈A面〉3話

*****

【ゴシック小説】
「那須湖畔に雪も凍るような、寒い、底冷えのする黄昏(たそがれ)のことである」
――横溝正史『犬神家の一族』(角川書店、1972年(改版1996年))P414

『犬神家の一族』は、信州(しんしゅう)の美しい情景で幕を閉じます。

美しい風土、広大な屋敷、莫大な遺産、美しいヒロイン、そして猟奇殺人者……。

これらは、ゴシック小説のキーワードです。

『犬神家の一族』に、あてはめてみましょう。

美しい風土――「信州那須湖畔(なすこはん)」P5

広大な屋敷――「美しいクリーム色の洋館と、複雑な勾配(こうばい)をもった、大きな日本建築の屋根が見える。犬神家の裏庭は、直接湖水に面しており、大きな水門をもって、湖水の水ともつながっているらしい」P20

莫大な遺産――「斧・琴・菊(よき・こと・きく)」P55

美しいヒロイン――「絶世の美人」P15

猟奇殺人者――「希代の殺人鬼」P413
――横溝正史『犬神家の一族』(角川書店、1972年(改版1996年))

絶対に事件が起こりますよね……。

この推理小説はどちらかというと、ゴシック小説のようです。というのもトリックがアレだからです。後述しますが、最初読んだときに「それはないでしょう」というトリックでした。

代表的なゴシック小説をあげましょう。

『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス(Frankenstein; or, The Modern Prometheus)』(1818年)
――メアリ・シェリー(Mary Shelley、1797年―1851年)

『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件(Strange Case of Dr Jekyll and Mr Hyde)』(1886年)
――ロバート・ルイス・スティーヴンソン(Robert Louis Stevenson、1850年―1894年)

『ドラキュラ(Dracula)』(1897年)
――ブラム・ストーカー(Bram Stoker、1847年―1912年)

どれも素晴らしい作品ですが、原作を読んでいない人がほとんどでしょう。できれば情感あふれる原作を読んでいただきたいものです。後の映像作品にかなりの「演出」があることに驚かれるでしょう。

たとえば、『フランケンシュタイン』では、ジュネーブ共和国(現・スイス連邦)で屈指の名門フランケンシュタイン家の御曹司ヴィクターが、ドイツの大学で学び被造物(クリーチャー)を造ります。しかしあまりの醜さに捨て去ります。名もなき被造物(クリーチャー)は知性も高く、感受性も豊かです。だからこそ、自分の不幸に苦悩するのです。とてもとても哀しい話です。詳しくは、別の機会にしましょう。

*****

【氏族】
『犬神家の一族』は、英語で“The Inugami Clan”です。“Clan”は「氏族(しぞく)」です。氏族の代表は戸主(こしゅ)と呼ばれ、一族の全権を担っています。昔でいう「殿様、御主人」です。

ままこうした独裁ともいえる制度では、不幸が重なるとより陰湿になるものです。
――山崎豊子『華麗なる一族』(新潮社、1973年)
――萩尾望都『ポーの一族』(小学館、1974年)

*****

【トリック】
推理小説にはトリック(trick)があります。意味は「策略」や「企(たくら)み」です。犯人が、名探偵を欺く仕掛けです。読者は名探偵の目線で読んでいますから、犯人に騙されると一番腹が立ちます。ままこれが中毒になるのですが……。

もっとも、名探偵も犯人も作者が創造した人物ですから、モデルが存在したとしても、騙すのは作者です。たまに、完全に読者を欺く書き方をする作者もいます。たとえば、名探偵の隣で物語を説明している「語り手」が犯人だった場合です。

名探偵シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)の友人のワトソン医師(Dr. Watson)が犯人だと最悪です。最後の最後まで犯人が分からないことになってしまいます。それならいっそ「永遠の嘘をついてくれ」(※)です。もっともシャーロック・ホームズも何度も再生していますから、案外「死人返り(しびとがえり)」なのかもしれません。
※中島みゆき『永遠の嘘をついてくれ』

トリックといえば、映画にもなったTVドラマ『トリック(TRICK)』(2000年)があります。「貧乳」山田奈緒子(仲間由紀恵)と「巨根」上田次郎(阿部寛)が主人公で、楽しくトリックを解決していきます。セレブ上田次郎は日本科学技術大学の教授なのにコロッと騙されますが、貧乏奇術師の山田奈緒子があっさり見破ります。

「賢い大学教授がそんなに騙されるのかしら」と思われるでしょうが、「絶対に騙されない方法」はありません。相手は騙すプロフェッショナルなのですから。

たとえば、「プロジェクト・アルファ(Project Alpha)」(1979年―1983年)があります。超能力を否定するマジシャンのジェームズ・ランディ(James Randi、1928年―)が、マクドネル超能力研究所(McDonnell Laboratory for Psychical Research)に、若手マジシャン二人を派遣しましたが、研究員は見破ることができませんでした。もちろん、マジシャンといっても二人とも奇術師(stage magician)で、魔術師(magician)ではありません。マクドネル超能力研究所は閉鎖されることになります。

また、「ソーカル事件(Sokal affair)」(1996年)があります。物理学の教授だったアラン・ソーカル(Alan Sokal、1955年―)がデタラメな論文を、著名な学術誌の「ソーシャル・テキスト(Social Text)」誌に投稿して、それが出版(!)されてしまったのです。

そのため、「ソーシャル・テキスト」誌の編集長は、イグノーベル賞(Ig Nobel Prize)を受賞してしまいました。ノーベル賞(Nobel Prize)のパロディーであるイグノーベル賞は、「人を笑わせ、それらを考えさせてくれる」賞です。編集長は心の底から後悔しているそうです。それはそうでしょう、生涯の汚点ですから……。

どうしてそうなってしまったかというと、「ソーシャル・テキスト」誌が査読(さどく)をしていなかったからです。掲載される前に、研究している人や同じ分野の専門家に確認してもらうことを査読といいます。査読していれば、トンデモ論文は掲載されない(※)のです。
※トンデモ論文は掲載されない――人間は過ちをおかす生物です。

「ソーシャル・テキスト」誌の編集長には同情しますが、「騙すほうも悪いが、騙されるほうも悪い」という身も蓋(ふた)もない諺(ことわざ)があります。私たちも多く騙されました。「騙すな。騙されるな」です。

とはいえ、推理小説にはほどよく騙されたいものです。

ゴシック小説の世界で、「それはないでしょう」トリックを解くのはもちろん、名探偵金田一耕助(きんだいちこうすけ)です。

*****

【名探偵金田一耕助】
言わずと知れた日本を代表する名探偵の一人です。スズメの巣のような蓬髪(ほうはつ)で、ひょうひょうたる風貌をしています。かなりのヘビースモーカーです。

実は、江戸川乱歩(えどがわらんぽ)の名探偵明智小五郎(あけちこごろう)も原作では蓬髪です。こちらはかなりキザですが。

金田一耕助の若いころはシャーロック・ホームズと同じく、麻薬中毒でした。

かなり運動音痴ですが、この作品でも披露しているとおりボートを漕ぐこととスキーだけは得意です。

ホント推理だけの人らしく、美食に興味はありません。下戸ではなく酒もすこしは嗜みます。

孫がいるとの噂がありますが、どうでしょう。金田一耕助が愛したのは二人とされています。『獄門島(ごくもんとう)』(『宝石』1947年1月号―1948年10月号)の鬼頭早苗(きとうさなえ)に告白しましたが振られていますし、『女怪(じょかい)』(『オール讀物』1950年9月号)の未亡人持田虹子(もちだにじこ)に恋していましたが、持田虹子は自殺しています。もっとも持田虹子には別に恋人がいましたから、そんなことにはなりませんでした。もし仮に鬼頭早苗との間に子供がいたとしても、鬼頭の名字になるでしょう。あるいは『悪霊島(あくりょうとう)』(『野性時代』1979年1月号―1980年5月号)のように双子だったので、一人を金田一耕助に託したか……。いずれにせよ、金田一耕助が育てるという訳にはいかなかったでしょう。

実はもう一人候補がいます。『瞳(ひとみ)の中の女』(1975年)の川崎不二子(かわさきふじこ)です。作中では故人ですが、何故かこの作品だけ金田一耕助であっても、「未解決」なのです。――もちろんジョークです。この文章は、エンターテインメント(娯楽)作品ですから、「思考の遊び」を楽しんでください。

*****

【横溝正史の経歴1】
横溝正史(よこみぞせいし、1902年(明治35年)5月24日―1981年(昭和56年)12月28日)のデビューは、1921年雑誌『新青年』に入選した『恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)』です。

江戸川乱歩(1894年(明治27年)10月21日―1965年(昭和40年)7月28日)の処女作が、1923年(大正12年)『新青年』の『二銭銅貨(にせんどうか)』ですから、江戸川乱歩よりデビューが先(!)です。もっとも、江戸川乱歩自身のデビューが遅れたのは、他にいろいろと職をしていたからです。こちらは、別の機会にしましょう。

とはいえ、横溝正史もいろいろな職を経験しています。1920年(大正9年)、18歳で兵庫県立第二神戸中学校(現・兵庫県立兵庫高等学校)を卒業して第一銀行(現・みずほ銀行)神戸支店に入行しました。あまり語られることも少ないですが、一年ともたずに辞めています。理由は年末の大晦日(おおみそか)の徹夜業務がイヤだったから……。19歳ですものね。当時は完全手計算の算盤(そろばん)でしたから、かなり大変だったことでしょう。

しばらく家にこもったあと、1921年(大正10年)に大阪薬学専門学校(現・大阪大学薬学部)に入学しています。1924年(大正13年)に卒業後は、薬剤師として実家の生薬屋「春秋堂」で働いていましたが、1926年(大正15年・昭和元年)に江戸川乱歩の招きで上京して、出版社の博文館(はくぶんかん)に入社します。この時期、いろいろな雑誌の編集長をしています。

*****

【風立ちぬ】
横溝正史は、専業作家となってすぐに肺結核が悪化してしまい、1934年(昭和9年)(※)に長野県諏訪郡(すわぐん)富士見町(ふじみまち)にある富士見高原療養所で療養します。他に、作家の堀辰雄(ほりたつお、1904年(明治37年)12月28日―1953年(昭和28年)5月28日)や画家の竹久夢二(たけひさゆめじ、1884年(明治17年)9月16日―1934年(昭和9年)9月1日)がいました。
※1933年(昭和8年)との説あり。

これは偶然ではなく、富士見高原療養所の初代院長の正木俊二(まさきしゅんじ、1887年(明治20年)2月26日―1962年(昭和37年)7月30日)が、文筆家正木不如丘(まさきふじょきゅう)であり、その知己によります。

富士見高原療養所は、堀辰雄の『風立ちぬ(かぜたちぬ)』(1937年)の舞台にもなっています。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」

こちらは、ポール・ヴァレリー(Paul Valéry、1871年10月30日―1945年7月20日)の『海辺の墓地(Le Cimetière marin)』(1920年)という詩の一節からです。
“Le vent se lève, il faut tenter de vivre.”

直訳すると「風が立った、生きることを試みなければならない」になりますが、堀辰雄の訳は少し違います。

「風立ちぬ」の助動詞「ぬ」は辞書によると、「①動作・作用・状態を実現、発生したこととして表わす場合。…た。……てしまう」、「②動作・作用・状態が、確実に実現、発生するという気持ちを表わす場合」「単独で用いる場合。そうなることが間違いがないという気持ちが強い。間違いなく……する、たしかに……なる」とあります。
――佐伯梅友、森野宗昭、小松英雄編『例解古語辞典』(三省堂、1980年)

たとえば、唱歌の『夏は来ぬ(なつはきぬ)』の「来ぬ(きぬ)」は「来た(きた)」ですから「夏が来た」という意味です。打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」ですと、「来ぬ(こぬ)」になります。この二つは違う言葉ですから注意です。

また、「ぬ」の要説に「一般に、単独で②の用法で用いられる場合は、会話か心の中のつぶやきかに片よる傾向がある」とあります。

「いざ生きめやも」はよりややこしいです。「いざ」は「さあ」でいいですが、「め」は「推量」の助動詞「む」の已然形で、連語の「やも」は「疑い」「反語」です。訳すと「さあ生きていてもいいのかしら(いいえやめておいたら)」となります。

ただし、「いざ」=「さあ」には二つ意味があります。「①誘いかけるときに発する語。さあ」と「②思い立ったときに発する語。さあ。どれ」です。

要説にある「会話か心の中のつぶやき」から考えると、「ねえ、生きていてもいいのかしら(否定なし)」が順当でしょう。

もちろん、文法的には「さあ生きようかしら(いいえ死にます)」という生の完全否定です。ですが、エンターテインメント(娯楽)作品で、情感をともなわない不粋は遠慮したいものです。それぞれが感じればよいのですから。

*****

【横溝正史の経歴2】
八ヶ岳(やつがたけ)山麓(さんろく)という美しい風景であっても、病状から執筆は大変だったようです。横溝正史は一年ほど執筆できず、信州上諏訪(かみすわ)(長野県諏訪市(すわし))に転地療養します。

5年ほど療養したあと東京に戻りますが、太平洋戦争が勃発、検閲から思うように発表できない時期が続きます。

1945年(昭和20年)に岡山県吉備郡(きびぐん)岡田村字桜(現・倉敷市(くらしきし)真備町(まびちょう))に疎開します。美しい風土、広大な屋敷、莫大な遺産はこのころのモチーフのようです。

終戦から1946年(昭和21年)、「金田一耕助シリーズ」の第1作『本陣殺人事件(ほんじんさつじんじけん)』(1973年)が発表されます。『犬神家の一族』と同じように「琴(こと)」が印象的です。横溝正史、実に44歳。かなり遅咲きのヒットでした。

さて、雑誌の掲載年と、書籍の発行年とかなり違うことに注意してください。戦後は活字に飢えていたのでかなり粗悪な雑誌でも売れました。これらはカストリ雑誌といいます。だいたい3号で廃刊――つぶれましたから、粗悪な密造酒の粕取り(かすとり)がたった3合で酔いつぶれることから名付けられました。

戦後の物資不足から、紙も足りませんので劣悪な泉貨紙(せんかし、仙花紙)の書籍も多くありました。もちろん内容も低俗なものばかり……。ままそうした時代だったのです。

やがてそれもおさまると、書籍が増えていきます。売れる作家の過去の掲載分を書籍化して、シリーズとして売り始めます。

1960年代には、江戸川乱歩や『ドグラ・マグラ』(1935年)の夢野久作(ゆめのきゅうさく、1889年(明治22年)1月4日―1936年(昭和11年)3月11日)とともに、横溝正史もブームになりました。

横溝正史の名を不動にしたのは、やはり1976年の市川崑(いちかわこん、1915年(大正4年)11月20日―2008年(平成20年)2月13日)監督の映画『犬神家の一族』でしょう。ちなみに、市川崑監督の途中で曲がるクレジットは、庵野秀明(あんのひであき、1960年5月22日―)監督がならい、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年―1996年)に使われています。

*****

【『犬神家の一族』】
〈時代背景〉
書籍として発行されたのは1972年(昭和47年)ですが、雑誌『キング』に掲載されたのは1950年(昭和25年)1月号―1951年(昭和26年)5月号までです。

1950年。1945年に第二次世界大戦(World War II)が終えて5年。いまだ戦争の記憶が残っています。前年、1949年10月1日に建国された中華人民共和国が各国から承認を受けた年であり、自衛隊の前身である警察予備隊(けいさつよびたい)が設置された年でもあります。

株式会社壽屋(寿屋)(ことぶきや、(現・サントリーホールディングス株式会社))が「サントリーオールド」を発売したのもこの年です。ご存知のとおり日本のウイスキー技術は、マッサンこと竹鶴政孝(たけつるまさたか、1894年(明治27年)6月20日―1979年(昭和54年)8月29日)が確立したものです。寿屋を辞めた竹鶴政孝は大日本果汁株式会社(現・ニッカウヰスキー)を設立します。ニッカ美味しいですよね……。

竹鶴政孝は一時期、大阪にある日本聖公会系のキリスト教主義学校(ミッション・スクール)の桃山中学校(現・桃山学院高等学校)で化学を教えていました。

なお、田中隆治(たなかたかはる、1946年(昭和21年)―)理学博士が、桃山学院高等学校を卒業後、金沢大学理学部生物学科から、神戸大学大学院理学研究科修士課程を修了したのち、サントリーに入社して「青いバラ」を開発していますね。現在は、星薬科(ほしやっか)大学の学長をされておられるとか。

星薬科大学は星製薬(ほしせいやく)株式会社の創業者星一(ほしはじめ、1873年(明治6年)12月25日―1951年(昭和26年)1月19日)が創立しました。星一が急逝したために、子の星親一(ほししんいち、1926年(大正15年)9月6日―1997年(平成9年)12月30日)が会社を継ぎます。が、経営は悪化するばかり、ついに会社を手放します。相続の恐さを思い知らされますね。なお、星親一は、星新一として作家デビューします。

そういえば、桃山では『代表的日本人(Representative Men of Japan)』(1894年)の著者である内村鑑三(うちむらかんぞう、1861年3月23日(万延2年2月13日)―昭和5年(1930年)3月28日)も神学を教えていました。

桃山の図書館に内村鑑三全集がありましたので、読んだことがありますが、ほとんど英文でした……。

高校の教官に「内村鑑三くらい英文が書けると通用するよ」と言われましたっけ。

書けるか!

閑話休題(それはさておき)、1950年は明治・大正の色濃く残しながら、戦争の爪痕を残す時代でした。

https://ik137.com/list-sukekiyo

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