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「沈黙」という話-010

「沈黙」という話-10

【世界の指標】
フランスの哲学者ルネ・デカルトが考える「もっとも神に近いもの」は何だったでしょうか?「神をみる」ことはできませんから、私たちが目にすることができるものです。

それ自体が神を表現するに相応しいものです。

神が創造したとされる世界の指標です。

それは「時計」です。時計は時空――時間と空間の一つをあらわしています。

『淮南子』「斉俗訓」によれば、宇宙の「宇」は天地四方で、「宙」は古往今来を意味します。

正確に時を刻む時計は、神と私たちが住まう宇宙を表現していると言えるでしょう。

もっとも、完全な時計などありません。どうしても誤差があります。人の性(さが)というものでしょうか。業というものでしょうか。どうしても造れません。

しかし、私たちは諦めてしまうのでしょうか。

「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥を学ぶは驥の類ひ、舜を学ぶは舜の徒なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし」
――吉田兼好『徒然草』第85段

「驥」とは一日に千里を走る名馬のことです。「舜」は中国の名君です。後述しますね。

神に似せて造られた私たちは、神のようになれるのでしょうか。

けれど、私たち人類はいまだかつて人工的に生命を誕生させたことがないのです。

私個人としては、インターネットはある種の情報生命体だとは考えていますが……。おっとキリスト教では異端になってしまいます。#blackjoke

【バベルの塔】
晴れた日に方舟を造っていたノアを人は笑いました。#blackjoke
その隣で傘を売っていたのが銀行屋だそうです。#joke

大洪水から生き残った人たちは思い上がり、塔の頂を天まで届かせようとしたために神の怒りにふれ、人が互いの言葉を理解できなくなってしまいました。――「創世記」第11章

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という諺があります。

注意してほしいのですが「塔が倒れた」とは書かれていません。放置されただけです。

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの『罪と罰』には、こうした『聖書』のモチーフがいたるところにあります。主人公ラスコーリニコフは罪の意識に耐えられず親しい売春婦ソーニャに罪を告白します。物語の最初から最後まで、神はラスコーリニコフに何も言いません。『罪と罰』は別の機会にしましょう。

【時計】
時計は実際に現在の世界の指標です。正確無比な時計はとても美しいものです。

キリスト教と時計と言ってもピンと来ないかもしれませんが、教会の塔の上には何があるでしょう? 考えるまでもなく鐘ですね。時計は英語で“clock”ですが、「鐘」を意味するラテン語の“Clocca”が由来です。今では日用品になった時計ですが、昔は教会の鐘が時間を知らせたのです。

キリスト教の儀式には正確な時間が必要でした。

「時刻ごとに祈祷時間や労働、読書などが厳格に決められていた修道院では、そういった宗教行事の戒律・作法を修道僧にきっちりと守らせる必要がありました」
(引用:セイコーミュージアム)
http://museum.seiko.co.jp/knowledge/relation/relation_03/index.html

機械式の複雑な時計が発明されたのは17世紀のことです。それまでは、日時計・水時計・砂時計・蝋燭時計などを使っていました。

1656年に、オランダの科学者クリスティアーン・ホイヘンスが振り子時計を設計します。なお、振り子の等時性から晩年のガリレオ・ガリレイ(1564年―1642年)が振り子時計を考案しています。

キリスト教の教派で、もっとも時計に力を入れたのが天文学に明るいイエズス会でした。天動説の「複雑な天文学」を理解するには、時計は不可欠ですからね。#joke

惑星は、ギリシア語由来の英語で“planet”ですが、別の英語では“wanderer”です。「さまよっている」訳です。漢字でも「惑う星」でもある惑星は、地球から見たらあっちへ行ったりこっちへ行ったり、さまよっています。そういえば、キリスト教には「さまよえるユダヤ人」(the Wandering Jew)という話があるのですが、後述しますね。

天体観測と時計がどうして関連があるかというと、正確な時間が分からなければ観測できないからです。たとえば、十五夜の満月も、日が変わるにつれ月の出が遅くなり、十六夜・立待月・居待月・寝待月・更待月と名前を変えます。次の下弦の月は0時から12時に見られます。吉田拓郎の「旅の宿」の上弦の月は12時から24時です。

夏の星座と冬の星座が違うと知るには、正確な時間=暦が必要になります。そういえば、『西遊記』に日食の話がありますが、別の機会にしましょう。

また、正確な時間が分からなければ、正確な場所も分かりません。現在でもGPSを補正するのに時計が使われています。

天体を観測するには、観測者が「今、此処にいる」ことを明らかにする必要があります。それはイコール、神の御技に対してのキリスト教徒の在り方なのです。

【「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話】リスト(16+36+号外1)